別 の 人 の 彼女 に なっ たよ wacci 歌詞。 wacci「別の人の彼女になったよ

別の人の彼女になったよ 歌詞「wacci」ふりがな付|歌詞検索サイト【UtaTen】

別 の 人 の 彼女 に なっ たよ wacci 歌詞

音楽バラエティー番組『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)で披露するロジカルな歌詞解説が話題の作詞家いしわたり淳治。 この連載では、いしわたりが、歌詞、本、テレビ番組、映画、広告コピーなどから気になるフレーズを毎月ピックアップし、論評していく。 今月は次の六本だ。 そちらもぜひ楽しんでいただきたい。 いしわたり淳治 いま気になる六つのフレーズ 歌詞を書く時はキャッチコピーを作るような感覚というのも大事で、聞き手をつかむ一言を書けるかどうかは、作詞をする者の永遠の課題とも言える。 wacciの新曲は、「別の人の彼女になったよ」の一言で始まる。 なんとも素晴らしい「つかみ」である。 「別の人の彼女になったよ」なんて言葉は、別れた彼女が元彼に言う以外にありえない一言なのだが、だからといってそんなことをわざわざ言う女性はほとんどいないわけで、そう考えると誰もが普段は目や耳にしたことのない言葉ということになる。 そんな聞き慣れない言葉なのに、誰もが瞬時に意味が分かって、登場人物たちを取り巻く環境や心情までをも勝手に想像してしまう。 コピーライティングとしても素晴らしい一言である。 想像してみてほしい。 駅で電車を待っている女の子の写真に、仮に「別の人の彼女になったよ」という文字を載せてみたとする。 すると、どうだろう。 何げない写真から勝手に物語が立ち上がってくる感じがないだろうか。 歌詞は、新しい彼氏はフェスではしゃがないし、余裕があって大人だし、映画を見ても泣かないし、どんなことでも詳しくて尊敬できるし、キスや態度だけじゃなくちゃんと「好きだ」って言うし、けんかもしないし、むしろ怒るところがどこにもない、と新しい彼氏ののろけを延々と続けるのだけれど、それが強がりで、本当は元彼に会いたいと思っていることがだんだん分かってくるシステムになっている。 コピーライティング力もあって、展開の技術力もある。 これからが楽しみなバンドだ。 今年の夏の甲子園の金足農業の快進撃はすごかった。 吉田輝星投手の投球が素晴らしかったのはもちろんのこと、雪国である秋田県代表の公立高校がチーム一丸となって決勝へと勝ち進む姿は見る者の胸を熱くした。 そして、それとは別に、スコアボードに映し出される「金」「足」「農」という三つの漢字が醸し出す、素朴さ、温かさ、懐かしさが何とも素晴らしいなと思った。 マクドナルドを世界最大のハンバーガーチェーンに成長させた実業家レイ・クロックを描いた「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」という映画がある。 その中で、フランチャイズ化の権利を巡って創業者のマクドナルド兄弟と対立したレイが、なぜマクドナルドという店名にこだわるのかを語るシーンがある。 彼は「マクドナルドという店名は、いかにもアメリカらしい、感じのいい、人をひきつける響きを持っている。 「金足農」は、日本人の心を文字としてもひきつけたように思う。 出場校のほとんどが私立高校になり(編注:第100回全国高校野球選手権大会は出場56校中、私立48校、公立8校)、県を越えての野球留学も当たり前になった昨今、地元の選手だけで構成された金足農の活躍は、より「純度の高い青春」として日本国民の目に映ったのではないだろうか。 素朴さを感じさせる校名が、その熱狂に拍車をかけたように思う。 テレビ朝日系のバラエティー番組『激レアさんを連れてきた。 』9月10日放送の「小学校に6日しか通わなかったので、ウソみたいに何にも知らなかったけど、スーパーマーケットのバイトだけで文字や常識を学び、超やり手の社長にまで上り詰めた人」の回でのこと。 何だろう、そのピュアな視点は。 こういうセリフを聞くにつけ、やっぱりノンフィクションにはかなわないなぁ、とつくづく思う。 いやはや。 事実は小説より奇なりとはよく言ったものである。 彼は、他にもスーパーで初めて目にしたシャープペンシルのことを「削らないでいい無限の鉛筆」、ボールペンのことを「消しゴムに勝つペン」など、かなり独特な名前で呼んでいた。 しびれるなあ。 そのセンス。 すてきだ。 オフィス街のビルの屋上で缶コーヒーを飲みながら、先輩社員がミニミニマン扮する後輩に「どうしてあんなこと言っちゃうかなあ。 もっと上手に世渡りしろって。 お前って本当に不器用だな」と言う。 するとミニミニマンは、うつむいたまま「お部屋探ししかできないもんで」とボソッと言う。 このCMを見て思った。 何か失敗したときは真正面から謝るよりも、「〇〇しかできないもんで」と自分の得意なことを悔しそうに言う方が、もしかしたら結果的にその場はポジティブな着地になるのではないだろうか。 例えば、仕事以外のことで何か失敗した時、大工が「家を作ることしかできないもんで……」、美容師が「髪を切ることしかできないもんで……」、魚屋さんが「魚のことしかわからないもんで……」。 日本人は、どこか「不器用」を美徳とするところがある国民性なので、これは本当に使えるような気がする。 私もいつかどこかで失敗した時は「歌詞を書くことしかできないもんで……」と言ってみようかしらと思う。 ところで、この「〇〇しかできないもんで」は、おそらく高倉健さんの名言「不器用ですから」に由来していると思うのだけれど、この言葉が2018年現在も皆の日常生活の中で普通に機能しているという息の長さが、あらためてすごいなと思う。 ちなみに余談だけれど、今年改定された『広辞苑 第七版』には「高倉健」という言葉が載ったのだそう。 広辞苑って面白い。 友近さんが時代遅れの価値観を押し付けてくる人に対して、よく「超いにしえ」と言う。 この言葉が好きで、私もときどき使う。 だからどうってことはないのだけれど、すごくポップで使い勝手がいいので、皆さんも年上の人と話していてジェネレーションギャップを感じたときなどは、笑顔で「超いにしえ〜」と言ってみてはいかがでしょう。 近頃世間で話題のパワハラやモラハラといった問題も、おそらくご年配の皆さんの「超いにしえ」な考え方から来ていると思うので、それを軽やかに指摘する意味でもこの言葉はいいと思う。 中尾彬さんが作った自分の墓には、名字ではなく、大きく『無』と彫られてあるのだそう。 「どうせみんないなくなるんだから」という意味らしい。 お盆時期、墓参りをしながらふと思った。 お墓か。 自分なら何と刻むだろう。 好きな言葉を彫るのも妙に照れ臭い。 ましてや、自分の書いた歌詞なんてもっと恥ずかしい。 そう考えると、墓参りに来てくれた人へのメッセージを彫るのがいいかもしれない。 例えば、残された家族には出来るだけ長生きしてほしいから『検診』というのはどうだろう。 ちょっと珍妙だけれど、墓参りの度に生活を正して、健康に気をつけるようになるかもしれない。 あるいは、頑張っているか、良からぬことをしていないか、の意味で『全部見てるぞ』というのはどうだろう。 いや、だめだ。 怖すぎて二度と墓参りに来てくれないかもしれない。 もっとカジュアルに、『どう? 最近』くらいでいいのかもしれない。 墓参りに来てくれた人が、墓石の前で手を合わせて、目を閉じて「どうって、まあ、元気っちゃあ元気だけどさ、聞いてくれよ、こないださあ……」なんて、雑談から入る墓参りは少し楽しい感じもするけど、どうだろう。 先日、ある青年から連絡が来て飲みに行った。 彼は以前に私がプロデュースをしていたバンドの元メンバーで、今は大阪で別の仕事をしていて、たまに東京に来た時に連絡をくれる。 一回り以上も年が離れているし、今では職業もまったく違うのだけれど、彼の天性の人懐っこさと明るい性格が好きで、年に何回かは飲みに行く。 居酒屋で串焼きをつまみながら彼の今の仕事の悩みをひとしきり聞かされた後、「そういえば、こないだ飲み屋で隣に座った外国人グループが注文で困ってたんで、ちょっと助けてあげたんすよ。 そしたら仲良くなって、泊まるところがないって言うから、そのままうちに6人泊めてあげたんですね」と言い出した。 「うわーっ。 そんな怖いことよくやるね」と言うと、彼は「いや、なんかいいやつらだったんで」と笑った。 「で、後で分かったんすけど、そいつらハワイのなんかすごい人たちだったらしくて、旅費も全部出してやるし、案内してやるからハワイに遊びに来いって、彼らが作ったプランを書いたメールが来るんですよね」と言う。 なんならそのままハワイに住んじゃえば?」と言うと、「そうっすね、ほんまに行ってみますわ。 なんか聞いたら、あの中に中東の富豪の息子もいたらしくて」と言う。 もう何だかよく分からないけれど、面白そうな予感しかしない。 そのうち、私が大阪に行ったときに連絡しても「うわー、会いたかったなあ。 いま僕ドバイなんすよー」なんてメールが返ってくるんじゃないだろうか。 連載漫画を読むような感覚で、私はこれからも彼の人生を遠くから定点観測することに決めている。 いしわたり淳治 1997年、ロックバンドSUPERCARのメンバーとしてデビュー。 全曲の作詞とギターを担当。 現在オンエア中のコカ・コーラCM曲「世界はあなたに笑いかけている」(Little Glee Monster)や、情報番組『スッキリ』(日本テレビ系)のエンディングテーマ曲「Electric Kiss」(EXO)の作詞も担当するなど、さまざまな音楽ジャンルを横断しながら通算600曲以上の楽曲を手掛ける。

次の

wacci「別の人の彼女になったよ

別 の 人 の 彼女 に なっ たよ wacci 歌詞

音楽バラエティー番組『関ジャム 完全燃SHOW』(テレビ朝日系)で披露するロジカルな歌詞解説が話題の作詞家いしわたり淳治。 この連載では、いしわたりが、歌詞、本、テレビ番組、映画、広告コピーなどから気になるフレーズを毎月ピックアップし、論評していく。 今月は次の六本だ。 そちらもぜひ楽しんでいただきたい。 いしわたり淳治 いま気になる六つのフレーズ 歌詞を書く時はキャッチコピーを作るような感覚というのも大事で、聞き手をつかむ一言を書けるかどうかは、作詞をする者の永遠の課題とも言える。 wacciの新曲は、「別の人の彼女になったよ」の一言で始まる。 なんとも素晴らしい「つかみ」である。 「別の人の彼女になったよ」なんて言葉は、別れた彼女が元彼に言う以外にありえない一言なのだが、だからといってそんなことをわざわざ言う女性はほとんどいないわけで、そう考えると誰もが普段は目や耳にしたことのない言葉ということになる。 そんな聞き慣れない言葉なのに、誰もが瞬時に意味が分かって、登場人物たちを取り巻く環境や心情までをも勝手に想像してしまう。 コピーライティングとしても素晴らしい一言である。 想像してみてほしい。 駅で電車を待っている女の子の写真に、仮に「別の人の彼女になったよ」という文字を載せてみたとする。 すると、どうだろう。 何げない写真から勝手に物語が立ち上がってくる感じがないだろうか。 歌詞は、新しい彼氏はフェスではしゃがないし、余裕があって大人だし、映画を見ても泣かないし、どんなことでも詳しくて尊敬できるし、キスや態度だけじゃなくちゃんと「好きだ」って言うし、けんかもしないし、むしろ怒るところがどこにもない、と新しい彼氏ののろけを延々と続けるのだけれど、それが強がりで、本当は元彼に会いたいと思っていることがだんだん分かってくるシステムになっている。 コピーライティング力もあって、展開の技術力もある。 これからが楽しみなバンドだ。 今年の夏の甲子園の金足農業の快進撃はすごかった。 吉田輝星投手の投球が素晴らしかったのはもちろんのこと、雪国である秋田県代表の公立高校がチーム一丸となって決勝へと勝ち進む姿は見る者の胸を熱くした。 そして、それとは別に、スコアボードに映し出される「金」「足」「農」という三つの漢字が醸し出す、素朴さ、温かさ、懐かしさが何とも素晴らしいなと思った。 マクドナルドを世界最大のハンバーガーチェーンに成長させた実業家レイ・クロックを描いた「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」という映画がある。 その中で、フランチャイズ化の権利を巡って創業者のマクドナルド兄弟と対立したレイが、なぜマクドナルドという店名にこだわるのかを語るシーンがある。 彼は「マクドナルドという店名は、いかにもアメリカらしい、感じのいい、人をひきつける響きを持っている。 「金足農」は、日本人の心を文字としてもひきつけたように思う。 出場校のほとんどが私立高校になり(編注:第100回全国高校野球選手権大会は出場56校中、私立48校、公立8校)、県を越えての野球留学も当たり前になった昨今、地元の選手だけで構成された金足農の活躍は、より「純度の高い青春」として日本国民の目に映ったのではないだろうか。 素朴さを感じさせる校名が、その熱狂に拍車をかけたように思う。 テレビ朝日系のバラエティー番組『激レアさんを連れてきた。 』9月10日放送の「小学校に6日しか通わなかったので、ウソみたいに何にも知らなかったけど、スーパーマーケットのバイトだけで文字や常識を学び、超やり手の社長にまで上り詰めた人」の回でのこと。 何だろう、そのピュアな視点は。 こういうセリフを聞くにつけ、やっぱりノンフィクションにはかなわないなぁ、とつくづく思う。 いやはや。 事実は小説より奇なりとはよく言ったものである。 彼は、他にもスーパーで初めて目にしたシャープペンシルのことを「削らないでいい無限の鉛筆」、ボールペンのことを「消しゴムに勝つペン」など、かなり独特な名前で呼んでいた。 しびれるなあ。 そのセンス。 すてきだ。 オフィス街のビルの屋上で缶コーヒーを飲みながら、先輩社員がミニミニマン扮する後輩に「どうしてあんなこと言っちゃうかなあ。 もっと上手に世渡りしろって。 お前って本当に不器用だな」と言う。 するとミニミニマンは、うつむいたまま「お部屋探ししかできないもんで」とボソッと言う。 このCMを見て思った。 何か失敗したときは真正面から謝るよりも、「〇〇しかできないもんで」と自分の得意なことを悔しそうに言う方が、もしかしたら結果的にその場はポジティブな着地になるのではないだろうか。 例えば、仕事以外のことで何か失敗した時、大工が「家を作ることしかできないもんで……」、美容師が「髪を切ることしかできないもんで……」、魚屋さんが「魚のことしかわからないもんで……」。 日本人は、どこか「不器用」を美徳とするところがある国民性なので、これは本当に使えるような気がする。 私もいつかどこかで失敗した時は「歌詞を書くことしかできないもんで……」と言ってみようかしらと思う。 ところで、この「〇〇しかできないもんで」は、おそらく高倉健さんの名言「不器用ですから」に由来していると思うのだけれど、この言葉が2018年現在も皆の日常生活の中で普通に機能しているという息の長さが、あらためてすごいなと思う。 ちなみに余談だけれど、今年改定された『広辞苑 第七版』には「高倉健」という言葉が載ったのだそう。 広辞苑って面白い。 友近さんが時代遅れの価値観を押し付けてくる人に対して、よく「超いにしえ」と言う。 この言葉が好きで、私もときどき使う。 だからどうってことはないのだけれど、すごくポップで使い勝手がいいので、皆さんも年上の人と話していてジェネレーションギャップを感じたときなどは、笑顔で「超いにしえ〜」と言ってみてはいかがでしょう。 近頃世間で話題のパワハラやモラハラといった問題も、おそらくご年配の皆さんの「超いにしえ」な考え方から来ていると思うので、それを軽やかに指摘する意味でもこの言葉はいいと思う。 中尾彬さんが作った自分の墓には、名字ではなく、大きく『無』と彫られてあるのだそう。 「どうせみんないなくなるんだから」という意味らしい。 お盆時期、墓参りをしながらふと思った。 お墓か。 自分なら何と刻むだろう。 好きな言葉を彫るのも妙に照れ臭い。 ましてや、自分の書いた歌詞なんてもっと恥ずかしい。 そう考えると、墓参りに来てくれた人へのメッセージを彫るのがいいかもしれない。 例えば、残された家族には出来るだけ長生きしてほしいから『検診』というのはどうだろう。 ちょっと珍妙だけれど、墓参りの度に生活を正して、健康に気をつけるようになるかもしれない。 あるいは、頑張っているか、良からぬことをしていないか、の意味で『全部見てるぞ』というのはどうだろう。 いや、だめだ。 怖すぎて二度と墓参りに来てくれないかもしれない。 もっとカジュアルに、『どう? 最近』くらいでいいのかもしれない。 墓参りに来てくれた人が、墓石の前で手を合わせて、目を閉じて「どうって、まあ、元気っちゃあ元気だけどさ、聞いてくれよ、こないださあ……」なんて、雑談から入る墓参りは少し楽しい感じもするけど、どうだろう。 先日、ある青年から連絡が来て飲みに行った。 彼は以前に私がプロデュースをしていたバンドの元メンバーで、今は大阪で別の仕事をしていて、たまに東京に来た時に連絡をくれる。 一回り以上も年が離れているし、今では職業もまったく違うのだけれど、彼の天性の人懐っこさと明るい性格が好きで、年に何回かは飲みに行く。 居酒屋で串焼きをつまみながら彼の今の仕事の悩みをひとしきり聞かされた後、「そういえば、こないだ飲み屋で隣に座った外国人グループが注文で困ってたんで、ちょっと助けてあげたんすよ。 そしたら仲良くなって、泊まるところがないって言うから、そのままうちに6人泊めてあげたんですね」と言い出した。 「うわーっ。 そんな怖いことよくやるね」と言うと、彼は「いや、なんかいいやつらだったんで」と笑った。 「で、後で分かったんすけど、そいつらハワイのなんかすごい人たちだったらしくて、旅費も全部出してやるし、案内してやるからハワイに遊びに来いって、彼らが作ったプランを書いたメールが来るんですよね」と言う。 なんならそのままハワイに住んじゃえば?」と言うと、「そうっすね、ほんまに行ってみますわ。 なんか聞いたら、あの中に中東の富豪の息子もいたらしくて」と言う。 もう何だかよく分からないけれど、面白そうな予感しかしない。 そのうち、私が大阪に行ったときに連絡しても「うわー、会いたかったなあ。 いま僕ドバイなんすよー」なんてメールが返ってくるんじゃないだろうか。 連載漫画を読むような感覚で、私はこれからも彼の人生を遠くから定点観測することに決めている。 いしわたり淳治 1997年、ロックバンドSUPERCARのメンバーとしてデビュー。 全曲の作詞とギターを担当。 現在オンエア中のコカ・コーラCM曲「世界はあなたに笑いかけている」(Little Glee Monster)や、情報番組『スッキリ』(日本テレビ系)のエンディングテーマ曲「Electric Kiss」(EXO)の作詞も担当するなど、さまざまな音楽ジャンルを横断しながら通算600曲以上の楽曲を手掛ける。

次の

別の人の彼女になったよ ~Piano ver.~

別 の 人 の 彼女 に なっ たよ wacci 歌詞

スポンサーリンク この歌詞の新しい彼氏は愛情表現はしてくれるし、尊敬できる余裕のある大人の男性という感じで 完璧な男性のように思えます。 なので1番の歌詞のみを見るとこの 彼女は新しい彼氏の自慢、元カレへのマウントをとっている、 今のほうが幸せであるとアピールしているようにも感じます。 しかし2番に入ると歌詞の内容が変わります。 2番の最初の部分では彼女自身の変化についての歌詞になります。 2番では元カレと付き合っている時に比べて、背伸びしているように感じます。 新しい彼氏は完璧な人です。 当然彼氏自身が完璧な人であると 彼女にも完璧を求めてしまいがちなところもあるでしょう。 そんな 彼氏の期待に答えようと 彼女自身の気持ちや本心をさらけ出せずにいることを表現している歌詞になっているのではないでしょうか? 彼女はお互い意見や喧嘩を言い合える、素の自分でいられる関係をなつかしく思っており最後の歌詞が「だからもう会いたいやごめんね」となっているのでしょうか 他の男性と付き合ってみて初めて前の彼氏の良さがわかって寂しく思っているという歌詞の解釈を私ならしてしまいます。 SNS上の反応は?いい歌詞だと思う方が多数? 別の人の彼女になったよの女 元彼に対して今彼との違いとか自慢を交えながら自慢や嫌味を吐き、最後にはまだ元彼が自分を引きずっていると思い込んでいる高飛車地雷女なので間違いなく別れて正解だし。 全部ドルチェアンドガッバーナの香水のせいだし、人はやがて死ぬ。 — らりるちゃん 3Pgxe さっき「別の人の彼女になったよ」って曲がテレビで流れてたけど、この曲嫌味じゃね?グズじゃね?って思ったのは俺が陰キャやから? — 陰沢@相互 Fラン大学生の陰キャ Franran2020 この曲聴くと、別の人の彼女になったならその人とちゃんと向き合ってちゃんと愛しなさいな!そもそも今付き合ってる彼氏を別の人とか言うんじゃないよぉ!っていつも思う。 そんな未練ある状態で付き合っても今彼が可哀想だよ。。。 個人的には、歌詞のなかで彼女の心情の変化などが感じられる良い曲だと思いました。 ただ、付き合っている女性がこうだと困りますけどね笑 まとめ 今回は、 TBS「CDTV ライブ!ライブ!」4時間スペシャルでwacciが演奏した「別の人の彼女になったよ」の歌詞の解釈について検証してみました。 わかったことは、 ・歌詞は女性目線で書かれている ・歌詞についてSNS上では賛否両論。 ・彼女は元カレへの嫌味を言っているのではなく未練を抱いている。 良い曲だと思いました!wacciの他の曲も聞いてみたいと思いました。 今回は以上です。

次の