やはり 俺 の 青春 ラブコメ は まちがっ て いる 14 巻 感想。 【感想・ネタバレ】やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。14のレビュー

【 感想:ネタバレ注意 】祝.完結 俺ガイル14巻

やはり 俺 の 青春 ラブコメ は まちがっ て いる 14 巻 感想

言葉への批判意識 言葉一つじゃ足りねぇよ。 本音も建前も冗談も常套句も全部費やしたって、伝えきれる気がしない。 そんな単純な感情じゃない。 たった一言で伝えられる感情が含まれているのはまちがいない。 けれど、それを一つの枠に押し込めれば嘘になる。 (中略) こんな言葉でわかるわけない。 わからなくていい。 伝わらなくても構わない。 (渡航『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 398より) この 言語への批判意識が、『俺ガイル』の 核心部分だと思います。 「自意識の化物」がたどり着く先は、 人間への不信、 言葉への批判、そして 「本物」の希求です。 疑り深い人は「言葉」の裏を読みたくなる。 しかしそれは、人の心理が透けて見えることの裏返しです。 そうするともう「うわべだけの馴れ合い」には耐えられない。 だからこの終わり方は、当然の帰結と言えば当然の帰結なのです。 ただここまでの筆致で、リアルな等身大で、絶妙な「青春ラブコメ」を書いた作品が他にあったでしょうか。 私はないと思います。 だから私は『俺ガイル』が本当に素晴らしい作品だと思っています。 今読み終わったところなので、何の策もなく一発書きなのですが、いまここで感じていることをメモさせてください。 「言葉」という殺害行為 言語化というのは、基本的に 殺害行為です。 ある感覚、ある感情を言葉にすると、 その感覚や感情はある意味死にます。 例えば、「犬のふわふわした温かみのある触感」と書いたとき、読み手はリアルな毛並みや体温を想像するでしょうが、そこにあった本当の犬の感触を言葉だけで完全に再現することはできません。 そのように、 本当にそこにあったはずのリアルな「感覚」というのは、言葉で完全に再現することは不可能です。 だから言葉はその意味で 「殺害行為」だと言えます。 他にも例えば、「彼と彼女は恋人だ」と言えば、聞き手は各々の想像する 「恋人」という概念にその二人をおしこめるでしょう。 「恋人」は「普通」デートをするとか、キスをするとか、そういう 「恋人」という言葉の枠に二人を当てはめようとするでしょう。 でも、実際には二人はもっと特殊な関係かもしれません。 「普通の恋人たち」のようにデートはしないかもしれない、キスもしないかもしれない、傍から見れば仲が悪く見えるかもしれない……そういう独自の関係性は、「恋人」という言葉に押し込めた途端に捨象されてしまいます。 関係を名付けてほしくなかった だから、『俺ガイル』では「普通に」告白してほしくなかった。 「普通の恋人」になってほしくなかった。 なぜなら、 『俺ガイル』で求められている「本物」というものは、言葉にできない関係性、言葉にしがたい関係性だと思っていたからです。 端的に言えば、いわゆる「誰々エンド」というのは 全くナンセンスだということです。 なぜなら「誰々エンド」という言葉で語れるくらいの関係が 「本物」のはずないからです。 八幡は絶対にそんな関係を選び取らないからです。 実際、彼らが得た関係はそんな 既存の言葉に簡単に当てはめることのできないものでした。 その証拠として、例えば一色に「お二人はどういう関係になるんですか」と聞かれたときに、「どう、なるんですかね……」、「こういうのは説明が難しいのだけれど……」と 雪乃と八幡が逡巡している場面が挙げられます。 これは照れ隠しなどでは決してなく、 言葉で説明できない関係性だということを2人も自覚していたからだと考えられます。 また、嬉しかったのは 由比ヶ浜もそのような2人の言葉にならない絶妙な関係を察知していたという点です。 由比ヶ浜はラストで「あたしの好きなひとにね、彼女 みたいな感じの人がいるんだけど」と、 「みたいな」と言っていて、彼らの関係が はっきりと「彼女」という言葉にできるものではないと察していると考えられます。 以上のように、 言葉に批判意識をもちながら、言葉にならない関係性を、「本物」を、彼ら彼女らが求めていたということを確認できた点が、最終巻で本当に良かったと思える点でした。 『俺ガイル』は共同体論である 私は『俺ガイル』は 共同体論だと思います。 人と人がどれほどの関係を結べるか、どこまで深く付き合えるか、人と人との間にどれほどの可能性があるのか、それを真摯に探究したのが『俺ガイル』だと思います。 だから、彼ら彼女らが最後まで彼らなりの「本物」を求めていたことが、私にとっては救いでした。 その点で、最終巻は本当に良かったです。 「舞台装置」 それに加えて良かったと思ったのは、陽乃の扱いです。 『俺ガイル』でずっとネックだな、と思っていたのは陽乃の扱いでした。 彼女だけが少し浮いていて、彼女だけがずっと 舞台装置っぽいなという感じがしていたからです。 「舞台装置」というのは、 陽乃が作品の都合のいいように「アンチテーゼ」として利用されていた感がすごかったということです。 じゃあどうすればよかったかというと、彼女の行動がもっと説得力のあるものだったら良かったわけです。 今までの彼女の行動は、違和感があり、そこまでするに足る背景を(明確に言葉にされなくとも)もっとなんとかうまく描けないものか……と思っていました。 人間味のある陽乃 この点で最終巻は良かったです。 というのは、ここにきてやって陽乃が舞台装置ではなく、 一人の人間として機能していたと思ったからです。 「ちゃんと決着つけないと、ずっと燻るよ。 いつまでたっても終わらない。 わたしが二十年そうやって騙し騙しやってきたからよくわかる……。 そんな偽物みたいな人生を生きてきたの」 (渡航『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。 289より) このあたりに陽乃の 人間味が垣間見えていました。 でもまあ単純に人間味のあるところが描かれたから良かったというわけでもなく、むしろこれで陽乃の 「浅さ」が露呈したかな、という感じがしなくもありません。 というのは、これだけだと陽乃が 「うわべ」の代表格、あるいは 捻じ曲がったシスコンというだけになってしまうからです。 陽乃=「うわべ」の代表・捻じ曲がったシスコン 1. 「うわべ」の代表 「うわべ」の代表格というのは、 『俺ガイル』において陽乃は強化外骨格みたいな「うわべ」を駆使して、「うまくやって」生きてきた人間の代表として描かれているということです(ただもちろん彼女には「裏の顔」もあってそれゆえに彼女は苦悩しているわけですが)。 話全体の構造的には、彼女を「本物」を求める奉仕部の面々のアンチテーゼとして置きながら、「本物」の側を刺激する役割を果たすわけですが、もう少し彼女の背景が描かれないと説得力に欠け、ただの「舞台装置」になってしまいます。 かといってこれ以上本編で彼女を掘り下げるのもキツイので、これが限界なのかなあと思う側面もあります……。 ここらへんは難しいです。 捻じ曲がったシスコン 「捻じ曲がったシスコン」というのは、陽乃が雪乃のためにわざと嫌がるような行動をとり続けているという読み(解釈)のことです。 この解釈では、陽乃には、自分の通る道を綺麗にたどる雪乃を本当にかわいいと思いながらも、 彼女に違う道を歩んでほしいという願いがあった、と読むことができます。 あるいは、「うわべ」の人生しか選べない自分を自己批判し、 それとは違う「本物」を彼女も求めていて、その「本物」の夢を雪乃に託したと読むこともできます。 どちらかというと個人的には、 陽乃も「本物」を心の底で求めていた、そしてその実現を雪乃に託したという読みの方がしっくりくる気がします。 陽乃も「本物」を求めていた 陽乃も「本物」を求めていた、と言えば聞こえはいいのですが、やっぱりどうしても傍から見ると、大学生なのに高校生にちょっかいをかける性悪なお姉さんに見えてしまうのですよね…… なんというか、ここらへんは見てくれが「感傷マゾを求めるオタク」と似ていると思います。 「うわべ」の青春を後悔した自意識過剰オタクが、「本物」をフィクションに求める、みたいな……。 厳密には違うとは思いますが、14巻は良かったかなと思いつつ、なんとなく不満は残るような気がしています。 陽乃についてはまだまだ考察する余地が残されていると思うので、今後もう少しちゃんと読み込んでいきたいです。 ただそれでも、陽乃と雪乃が扉絵で仲良く並んでいる姿は純粋に胸を打ちました。 「雪ノ下雪乃の救済」というテーマ 雪ノ下雪乃の救済というのが後期『俺ガイル』のテーマでした。 「救済」というのは、9巻で 「いつか、私を助けてね」という雪乃のセリフに起因しています。 「いつか、私を助けてね」とはどういうことか そもそも「助けて」とはどういうことかというと、 依存してしまう自立できない私を助けてねということです。 雪乃が依存体質であることは13巻でも陽乃から指摘がありましたが、1巻から雪乃はそのような面を見せていました。 というより、それこそが 雪乃が奉仕部を創った理由だと考えられます。 雪乃が奉仕部を創った理由 そもそもなんで雪乃が奉仕部を創ったかというと、 依存せず自立したいからだと考えられます。 ただそれはいわば隠された理由(はっきりと書かれてはいない理由)であって、彼女が言葉で言っている理由は違います。 彼女が口で言っていた理由は、「持っているもの」が損をする世界はおかしいから、 「変えるのよ、人ごと、この世界を」というものでした。 ではどういうふうに変えるかというと、 魚の獲り方が分からない人=自立できていない人に、 「魚の獲り方を教える」というやり方で「自立」をうながすのでした。 つまりみんなが 「自立」して、皆が 「持っているもの」に近くなる世界を目指していたわけです。 ただそれは、 雪乃がある意味で「持っていない」ことの裏返しだと考えられます。 たしかに雪乃はなんでもできます。 勉強もスポーツも、容姿も端麗。 しかし、それは 「依存」の延長線上として得てきたものです。 というのはそれらは 誰かに与えられたものを完璧にやり遂げて得たものにすぎないからです。 この点で雪乃は「自立」できていないと言えます。 だからこそ雪乃は奉仕部を立ち上げたのえはないでしょうか。 つまり、 人に「自立」をうながしながら、本当に「自立」したかったのは自分だったのではないでしょうか。 人に救いの手を差し伸べておきながら、本当に救われたかったのは雪乃自身だったのではないかと考えられます。 おそらく、生まれてからずっとなんでも完璧にこなしてきた雪乃は、それでも常に自分の上をいって何でもそつなくこなす 陽乃に コンプレックスを抱いていたのでしょう。 というよりも、 陽乃に自分のアイデンティティを奪われてきた(消されてきた)という言い方の方が正確かもしれません。 完璧にやる陽乃がいる、親から必要とされているのは陽乃だ、では自分(雪乃)の居場所はどこにあるのか……と、雪乃はそう考えていたのではないでしょうか。 そうして彼女は 「なんで私はそれを持っていないんだろうって、持っていない自分に失望」した。 だから、「別のものが欲しかった」。 そして雪乃は奉仕部を創った。 姉が持っておらず、自分だけが持っている、 雪乃自身のアイデンティティ、それが 奉仕部だったのではないでしょうか。 そのように奉仕部は、 雪乃が自立してできるのだということを示す証のようなものだったと考えられます。 救済は果たされたか? だから、 雪乃が最後に救済されるのか? ということが『俺ガイル』の1つの大きなテーマでした。 雪ノ下雪乃は「自立」という奉仕部設立当初の目的を達成出来たのか、それが1つの大きなテーマだったわけです。 では14巻で雪乃は「救われた」でしょうか? 私は 救われたと思います。 というのは、 雪乃は彼女の意志で父親の仕事を手伝いたいということを伝えたし、また、 八幡を選ぶという選択もしたからです。 父親の仕事を手伝うというのは、一見陽乃の後追いのようにも思えますが、これは 雪乃の意志だと解釈してよいのではないでしょうか。 というのは別に誰にそうなれと言われたのでもなく、彼女自身が言ったことだからです。 それよりも、「わからない」といっていた雪乃が八幡を自分で選択し、そのことを由比ヶ浜にきちんと自ら打ち明けたことは、 明確な「自立」(誰から与えられたわけでない主体的な選択)と言ってもよいのではないでしょうか。 これも一見すると、雪乃が八幡への依存を深めたように見えるのですが、「ちゃんと言うわ」と自ら気持ちを口にする選択は、依存ではないでしょう。 以上のことから、雪ノ下雪乃の救済という大きなテーマは果たされたと、今のところ私は考えています。 <追記>ここの読みは甘かったと思います。 雪乃は一時的に「救われた」に過ぎないというのが今の読みです。 詳しくは以下のツイートをご覧ください(スレッド方式で埋め込まれるのでガタガタになって読みにくいのですが、小さいサイズで埋め込まれているものも含めて順番に読んでいただきたいです)。 相変わらず俺ガイルの感想を見たり聞いたりしているのですが、14巻で八幡が本物を見つけたという解釈は、私の解釈から言うと絶対に違うのではないかなと思いました。 — 才華 俺ガイル zaikakotoregail 私は「本物」は、そこに究極的に近づくことはできても原理的には到達不可能なものだと思っていて、八幡が最後にたどり着いた雪乃との関係性は、あくまで「本物」までの一過程にすぎないと考えています。 — 才華 俺ガイル zaikakotoregail 大事なのはむしろその後で、その人生を分け合った関係性で、果たして「本物」に近づけるのかということ。 場合によってはその関係性は、人生を歪められた挙句他者に依存してしまう、まさに「共依存」のような関係へと堕ちてしまうこともあるだろう。 — 才華 俺ガイル zaikakotoregail だから自分は俺ガイルの結末を決して楽観視できないし、それが本当の「青春」だとも思えない。 それが青春の答えだとは言いきれない。 — 才華 俺ガイル zaikakotoregail では彼らがその問題をどう回避したかと言うと、言ってしまえば単に平塚先生に背中を押してもらっただけだ。 「君と雪ノ下はそんな関係性(共依存)ではないと思うよ」というたった一言で。 もちろんそういう気持ちは「本物」を求めるためには不可欠なのだが、考えようによってはそれは回避でしかない。 — 才華 俺ガイル zaikakotoregail そういう意味で八幡と陽乃はすごく表裏一体だ。 ともすれば八幡は陽乃のようになりえるし、ともすれば陽乃は八幡のようになる可能性があったかもしれない……。 — 才華 俺ガイル zaikakotoregail だから僕はある意味絶望した。 自分には何もないと気づいたから。 だから別のものが欲しかったんだと思う。 ありもしない、あるかどうかもわからない、「青春」の続きが。 — 才華 俺ガイル zaikakotoregail 「本物」なんて、あるのだろうか。 終わりの始まり もしも言葉がなかったら、私たちはどういう存在になっているのだろうか。 言葉のおかげで私たちは、現にあるような存在になっている。 言葉だけが、限界で、もはや言葉が通用しなくなる至高の瞬間を明示するのである。 (ジョルジュ・バタイユ『エロティシズム』酒井健 訳 ちくま学芸文庫,2004 p. 470) 『俺ガイル』はこれに非常に近いところまでいったと思います。 上に引用したところはジョルジュ・バタイユというフランスの思想家の思想の非常に重要な箇所なのですが、この言葉による「至高の瞬間」への接近に類似したことを『俺ガイル』は行おうとしていたなと思っています。 言葉は無力です。 言葉には限界があります。 しかし 言葉はそれが表現しようとするところに究極まで近づき、その当のものを指し示すことができます。 そこに言葉の力があります。 『俺ガイル』が「本物」という言葉で語ろうとしていたことは、そのようなものなのではないでしょうか。 青春は終わりましたが考察は終わりません。 今回は抑えきれない衝動により急いで書いたので、荒も多いですが、ご容赦頂ければ幸いです。 また時間があるときにきちんとした論考を書きます。 それから1巻ずつの考察も、まだ8巻までしか行ってないので、きちんと最終巻まで仕上げたいです。 今人生が絶賛修羅場中なので、もう少しお待ちいただけたらと思います。

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俺ガイル小説版14巻の感想と考察。由比ヶ浜が待たなくていい理由は?|「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。(俺ガイル)」解説・感想・考察サイト

やはり 俺 の 青春 ラブコメ は まちがっ て いる 14 巻 感想

ネタバレ Posted by ブクログ 2020年01月25日 いい最終巻でした。 よくよく考えたらそういう結末になるよなあと。 雪ノ下と違って、結衣なら選ばれない方だったとしても、やってけるような気がする。 一般的に言って、クールビューティー黒髪ロング(どちらかといえば)陰キャ美少女ポジションと、ややアホの子かわいい系ショトカ陽キャポジションだと、前者が勝つシナリオ の方がどうしてもきれいな結末になりそうだ。 3人のうちの誰かがもう少し早く「その一言」を口にできていたら結果は変わっていただろうか。 いや、変わらないな、きっと。 でも、最後は結衣の勇気、頑張りによって、3人の結び付きが修復され、再構築されたという意味で、功労賞もの。 結衣はよく頑張ったね、とねぎらってあげたい。 きれいなエンディングになった。 ラストのイラストはいいね、八幡はいないけど。 で、よく見たらカラーページにも八幡いないし。 3人とも頑張ったね。 少し無理をして、自分を少し変えること、それは成長なんだと思う。 今、再放送でシーズン1から観ているけれど、最初のころと比べると、3人はもちろん、他のサブキャラたちもみんな何らかの成長があって微笑ましい。 彼らの成長の物語に触れることができて幸せだった。 番外編やら春アニメが楽しみ。 本題とは関係ないけれど、毎度のことながら今風な言葉の勉強になる(笑)。 購入済み 物語はつづく ゆゆにゃー 2020年01月24日 千葉愛に溢れた作者の千葉小説が遂に終わってしまいました。 現実を混ぜ込んだ物語に惹き込まれ早数年。 時代は令和にもなりましたが、その時その時の流行りも織り交ぜ楽しく展開する物語。 共に同じ空の下、同じ時間を生きているような、そんな気持ちにまでさせてくれました。 自分の学生時代なんて何年前だったか忘れるくらい なのに、学生時代に戻ったような感覚で読んでいました。 あんなに仕事する学生もいないですけど。 これが最終巻なのか、と噛み締めてゆっくり読み進め、読み終わる頃には満足感と同時に寂しさに襲われました。 この世界は終わってしまう。 もっと一緒にいたい。 1巻から読み直して、何度もその思いを繰り返すにはまだ傷は深く、日は浅い。 短編を心待ちにしていますが、それも一生続くわけではない、と勝手に悲観して落ち込む始末。 この世界が終わった事実を受け入れたくないです。 どうしたらいいでしょうね。 ネタバレ Posted by ブクログ 2020年01月19日 このラノベが凄い!のビッグタイトルの終了です。 ヒロイン(あれ?1人?)並べてみた。 個人的には、いろはす推しだったんだけどな 笑 久々です、読んでいて、終わりたくない、もっと読んでいたい、もう少し八幡達の物語に付き合っていたいと思 ったのは 笑 プロムとでっち上げだったはずの合同プロムと八幡達三人のそれなりの決着の物語。 「だから変えるのよ、人ごと、この世界を」を宣っていた雪乃が、自分の想いを伝える、その変容が嬉しいと感じています。 間違わない人生なんてあり得ない、間違う彼らは本物は見つけたのか? ところで、この物語に父親が出てこないな? ガハママと雪乃ママはいたんですがね。 でも、もう少し続くようですしね。 あ、中二こと、財なんとかさん、あれだけ活躍したのに、雪乃に名前を覚えてくれてない、不憫だ 笑 やはり俺の青春ラブコメは間違っている やはり俺の青春ラブコメは間違っている完 やはり俺の青春ラブコメは間違っている14 ラノベ 本好き 本好きな人と繋がりたい 本好き好きさんと繋がりたい• ネタバレ Posted by ブクログ 2019年12月29日 いや〜よかった。 何がよかったって、やっと2人がくっついたのもそうだし、告白? のシーンで「好き」という言葉が出てこないのもよかった。 これまでの巻読んできて「好きなんだろうなあ」っていうの伝わるのにその単語はまったく出てこなくて、はやく言っちまえよ!と正直何度思ったかわからんのだが、平塚先生とヒッキ ーとの会話を読んで、確かに感情や気持ちというのはたった一言で表せるものじゃない、彼が彼女に抱いている感情はそういう類のものなんだな〜と気がついた。 ヒッキーの気持ちはなんとなく知りつつ、しかしなんとなくでしかないので、わりとこの巻の序盤までは由比ヶ浜ルートもありうるんかなと思ってたんだけど、違ったね。 きっと由比ヶ浜のことも好きなのだとは思うけど、それ以上に言葉にできないでっかい感情を雪ノ下に対して持っているのだと思う。 それで一番たまらなかったのは写真を撮るシーンですね…。 雪ノ下雪乃、浮かれていてもさすが賢い女の子。 策士すぎる。 ネタバレ 購入済み 最後の最後まで俺ガイル オウゴンオニクワガタ 2019年12月09日 認めたくなかった恋心を認めた瞬間。 曖昧にしてきた関係に終止符を打つ瞬間。 なにせ9年間に渡って騙し続け、一言も言葉にすることはなかった感情である。 鳥肌がたたない訳がない。 登場人物全員を巻き込んだプロム、そして先輩の卒業式。 前半は由比ヶ浜との掛け合いを中心にしつつ、センチな雰囲気をかもしながら進んでいく。 しかし突如何かを悟ったように泣き出す由比ヶ浜。 そして比企谷は雪乃下の方へと手を差し伸べ、その挑発に載って雪乃下もその手を取る。 それでも言葉になったのは雪乃下の最後の告白だけ。 比企谷八幡に最後まで感服だった。 Posted by ブクログ 2019年12月05日 本編最終巻。 500ページ越えの分厚い一冊だけど、何度も辛くなって、何度も笑いころげて、何度も胸が熱くなる、そんな最高の一冊。 最後まで八幡は八幡で雪乃は雪乃で、けれどだからこそ諦めきれず、納得するまでやるしかない。 もうね、彼らのめんどくささが、八幡ではないけど、最高にかわいい。 好きな場面はい っぱいあるけれど、やっぱり八幡と雪乃の告白場面をあげざるを得ないな。 ホントめんどくさいんだけど^^ あーこの物語が終わってしまうのは悲しいなあ。 でもまだ、短編集やらあるらしいから、期待しよう。 そして個人的には平塚先生がホント最高にかっこいい。 むしろ惚れる。 一緒に踊ってください。 お願いします^^ 9年間、たくさん楽しませていただきました。 素敵なお話をありがとうございました。

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渡 航 著 『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』 最終巻 14巻 フラッシュレビュー

やはり 俺 の 青春 ラブコメ は まちがっ て いる 14 巻 感想

俺ガイルこと『』が、ついに今回発売された14巻で完結しました! は最近はまったく読んでいないんですけど、1巻の発売から約9年間かかって完結したこの作品だけは、続けて読んでいました。 それほど、と、そしての三角関係にどう決着がつくのか知りたかったんですね。 恋愛もののはそれほど読んでいないんですが、昔に流行った『』の結末が気持ち悪すぎて、の恋愛ものの結末なんてこんなものかな…で自分の中で評価がガクッと下がってしまいました。 まぁ、実の妹との恋愛なんて成立させたらそりゃ気持ち悪くなるんですけどねw これは作者が何も考えずにストーリーを始めてしまったからなのかなと思います。 俺ガイルの場合は、著者の先生は絶対にこの三角関係にきっちり答えを出してくれるだろう、と作者を信頼していたので、本当に最終巻が楽しみでした。 八幡が最終的にどちらを選ぶのか…やっぱりを選ぶんだろうなって思いましたが、とにかく3人ともいい子で幸せになってほしい。 だからが八幡に「待たなくていい」と言われた時は、涙が出そうになりましたよ…。 その後、我慢していたけど家でついに崩壊して号泣してしまうシーンはたまりませんでしたね。 そして八幡の不器用で回りくどい、好きだと正直に言わない告白シーン。 なるほど、これは確かにとの告白シーンだな、って納得できて読んでいてニヤニヤしてしまいました。 以外にもが好きだと言葉に出したのは驚きましたけど、雪乃にとってはどれほどの勇気が必要だったんだろうって考えると、なんか感動してしまいました。 最終的に、が一旦フラれた形になりましたが、実は八幡を狙っているっぽい可愛い後輩ちゃんと、高校に進学した妹ちゃんの策略?で、まだ三角関係は続きそうですね。 この作品は基本的に三角関係でヒロインは2人。 でも他にも恋愛ゲームなら攻略候補になる女の子がたくさん登場しました。 を筆頭に、川崎さんやめぐる先輩、平塚先生などなど…。 特に平塚先生は、先生としてすごく八幡にとって大きな存在でしたが、最後にダンスを踊ったシーンが印象的で、もしかすると八幡を生徒以上に思っていたのでしょうか。 そこはすごく気になるし謎ですね。 俺ガイルは、自分が高校生活で青春しているような、本当に恋愛をしているような感情移入をさせてくれるでした。 文章もすごく面白くて、旬のネタをふんだんに取り入れて定期的に笑わせてくれるし、すべてのキャターが本当に魅力的だし。 本来なら適当でいいようなモブキャラでさえしっかり作り込んでいて、先生の力量はすごいものがあると思います。 あとがきによれば、まだ俺ガイルで短編を出してくれるみたいだし、何より来年春にアニメで最後までストーリーを進めるみたいだし、これからも俺ガイルが楽しみです! w739hw02.

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