オー シャンゼリゼ 歌詞。 オー・シャンゼリゼ〜ロンドンで誕生したメロディーが辿った運命、そもそもフレンチポップでもシャンソンでもなかった!?|街の歌|TAP the POP

オー・シャンゼリゼ〜ロンドンで誕生したメロディーが辿った運命、そもそもフレンチポップでもシャンソンでもなかった!?|街の歌|TAP the POP

オー シャンゼリゼ 歌詞

「 オー・シャンゼリゼ」の 訳詞をご紹介します。 ジョー・ダッサン(Joe Dassin)の1970年のヒット曲です。 ダニエル・ヴィダルの日本語版、原曲のジェイソン・クレストのWaterloo Road ウォータールーロード もご紹介します。 私ぐらいの年齢の人は、この曲、よく知っていると思います。 日本語でもいろいろな人が歌っていますから。 歌うとまったりと明るい気分になれる曲ですね。 「約束があるの 地下室で、ちょっとおかしな人達と 夕方から朝までずっとギターを弾いてる人達なんだけど」 だから、僕は君について行ったよ。 単語メモ se balader 散歩する apprivoiser 飼いならす;なつくようにする、なじむ 「星の王子さま」で、「僕を飼い慣らしてくれ!」と頼む、「飼いならす」という意味の単語。 ジョー・ダッサン(1938-1980) ジョー・ダッサンはフランスで活躍した歌手、ソングライターですが、ニューヨーク生まれのアメリカ人です。 父親は映画監督のジュールス・ダッシン。 同じ名字ですが、息子の苗字はフランス語読みですね。 母親はヴァイオリニスト。 両親ともユダヤ人です。 1950年にハリウッドで赤狩りが始まり、ジュールス・ダッシンもブラックリストにのったので、一家でヨーロッパを点々とすることになりました。 そのせいもあり、ジョー・ダッサンは外国語をいくつか習得しています。 彼は60年代、70年代に大活躍。 しかし残念なことに1980年に心臓発作で亡くなりました。 亡くなる半年ほど前に、心臓の手術をしています。 彼はタヒチが好きで、別荘を持っていました。 1980年8月20日、タヒチでのバカンス中に亡くなりました。 お墓はアメリカにあります。 彼はとてもいい声の持ち主ですね。 ジョー・ダッサンの曲はこちらでも紹介しています。 Le Jardin du Luxembourg (リュクサンブール公園)という曲をご紹介 La vie se chante, la vie se pleure (人生は歌い、泣く) ダニエル・ビダルによる日本語バージョン とてもうまい訳詞です。 ビートルズのイエロー・サブマリン(1966)に似てますね。 コーラスの部分はQueenみたいですが、実際にキラー・クイーン(Killer Queen)でこの曲を使ってるみたいです。 Jason Crestは1967~1969年に活動していたイギリスのサイケデリックポップグループ。 全く売れず、この曲もそんなにヒットしませんでしたが、ジョー・ダッサンがフランスでフランス語で歌ったら、ものすごく売れました。 ジョー・ダッサンの歌い方がよかったのか、ウォータールー通りをシャンゼリゼにしたのがよかったのか。 この曲はこのバンドのメンバーが作ったのではなく、ザ・フォー・ペニーズ(The Four Pennies というグループのマイク・ウィルシュ Mike Wilsh と、別のバンドにいたマイク・ディーガン Mike Deighan の作品です。 フォーペニーズのメンバーが作ったせいか、グループのリードボーカルだった、ライオネル・モートン(Lionel Morton)もこの曲をレコーディングしています。 YouTubeで聞くことができます。 後半はまたフランス語から離れてしまいました。 便宜上(?)フランス語の歌を紹介していますが、私ブリティッシュ・ロックのほうが好きなのですよね。

次の

オー・シャンゼリゼ(Les Champs

オー シャンゼリゼ 歌詞

アベック= Avec 昔、恋人、カップルのことをアベックと言ってましたよね。 「~と共に」という意味で、日常よく使う言葉です。 会社の人や兄弟、家族、友だちなどの恋人以外にも、もちろんアベックと使います。 アトリエ(仏:atelier) 工房(こうぼう)画家・美術家・工芸家・建築家などの芸術家が仕事を行うための専用の作業場のこと 英語だと スタジオ アンティーク antique 骨董品 クレヨン crayon フランス語では鉛筆の意。 ズボン jupon 日本で言うズボンではなく、ペチコートの意 パンタロン pantalon これが本来の「ズボン」の意味。 グラタン gratin グルメ gourmet クロワッサン croissant 元々は三日月の意。 ビュフェ。 ブイヨン bouillon フォワグラ foie gras オムレツ omelette バゲット baguette フランス語って、けっこう馴染みのあるもんなんですね~ 私が食いしん坊なんで、食べ物ばかりになってしまいましたが 笑 オー・シャンゼリゼは、パリのシャンゼリゼ通りをモチーフとした曲。 当時ロンドンに滞在していたフランス在住アメリカ人の人気歌手、ジョー・ダッサンがアレンジして1969年に自らのアルバムに加えたのが「オー・シャンゼリゼ」となりました。 1971年に発売されたダニエル・ビダルのレコードが日本でヒットし、後に越路吹雪やザ・ピーナッツ、南沙織などがカヴァー。 小中学校の音楽の時間に取り上げられたり、たびたびCMにも使われたりもしています。 健康、食べ物、美容、ダイエット、科学、バイオ、医学ネタが好き。 【資格】バイオ技術師第一種、危険物取扱責任者乙種第2種、4種、6種、毒物劇物取扱責任者、兵庫県子育て支援員受講済 【職歴】モデル、ラジオパーソナリティ、パフォーマー、飴細工師、講師、執筆、講演、デザイナー、レタッチャー、カメラマン、写真館経営など 【趣味】お料理、食べ歩き、読書、手芸、ペーパークラフト、手話歌など。 喉の難病(咽頭乳頭腫)になり、ラジオパーソナリティを辞め、パフォーマーや講演のお仕事も控えめに。 現在は、神戸の海神社で写真館を経営。 撮影のバリアフリーに取り組み、視覚過敏の方へ向けての撮影方法を考案し実施。 障害の有無に関わらず、気軽に利用できるスタジオづくりに励んでいます。 自身が喉を悪くし、全く声が出なくなった時期があったり、事故で寝たきり生活や車椅子を経験したことから、障害のある人も生きやすい世の中になればいいなと小さなことからコツコツと取り組んでいます。

次の

オー・シャンゼリゼ 歌詞の意味

オー シャンゼリゼ 歌詞

1969年にニューヨーク生まれ人気歌手ジョー・ダッサンが大ヒットさせて世の中に定着した。 この歌の日本語訳では安井かずみのものが有名だが、当時シャンソン歌手として人気絶頂だった越路吹雪が歌った岩谷時子の訳詞もまた秀逸である。 この歌の誕生のきっかけを紐解いてゆくと…なんと!?そもそも歌詞の舞台はパリでもなければ、フランスで産まれた曲でもないというのだ。 イギリスのロンドンにJason Crest(ジェイソン・クレスト)というバンドがいた。 サイケデリック路線で売り出そうとしてはいたものの…今ひとつ方向性を見出せないまま燻っていた。 彼は後にモーター・ヘッドなどのプロデューサーとして名を馳せた人物でもある。 ある日、フリッツはジェイソン・クレストの作曲能力に限界を感じ、かつて自分が在籍していたバンドThe Four Pennies(ザ・フォー・ペニーズ)のメンバーだったマイク・ウィルシュと、ミュージシャン仲間のマイク・ディーガンの二人に楽曲を発注した。 そこで出来上がってきた「Waterloo Road」という楽曲が、ジェイソン・クレストの4thシングルとして発表された。 ジョー・ダッサンは、たまたま耳にしたこの曲を気に入って、自分が歌うためにフランスのシャンソン作詞家ピエール・ドラノエに訳詞を発注した。 1969年、そっくりそのままのメロディーにのせたフランス語歌詞でジョー・ダッサンが発表したところ、全仏でNo. 1になる大ヒットを記録する。 原曲を歌ったジェイソン・クレストも、これを機にチャンスを掴めると思いきや…「オー・シャンゼリゼ」がヒットした後も表舞台に立つことなくあえなく解散。 日本ではモロッコ生まれのフランス人アイドル歌手や和製シャンソン歌手が唄って広めた。

次の