東京 国際 大学 箱根 駅伝。 [箱根駅伝]「あれっ時計が狂ってる?」…東京国際・ビンセント、設定より1分以上速いタイム : ニュース : 箱根駅伝 : 読売新聞オンライン

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元日の「ニューイヤー」を含めて正月の風物詩である駅伝は、昨年12月に終了したNHK大河ドラマ『いだてん ~東京オリムピック噺~』の主人公・金栗四三により生み出された日本古来の競技である。 そんな駅伝で、近年はカタカナランナー= 留学生の姿もおなじみとなった。 今年は拓殖大学、東京国際大学、創価大学、日本大学、国士舘大学の5校が留学生ランナーを抱えている。 山梨学院大学のジョセフ・オツオリ選手が7人抜きを見せ、観客はもちろん各大学が衝撃を受けた。 箱根駅伝は、各大学が「野球とアメフト」以上に力を入れる花形競技である。 言うまでもなく、大学の知名度とイメージを高めて受験生を増やすのが目的だ。 拓殖大のように昭和期から数多くの留学生を受け入れていた大学もあるが、多くの大学は学校経営におけるPR手段のひとつとして留学生を獲得している。 高校時代に1500mで5分を切ったランナーの多くが有力大学に青田買いされるなか、中堅の大学は留学生を受け入れるのが得策なのである。 留学生の起用から3年後、山梨学院大は見事に初優勝を果たし、一躍全国にその名が知れわたった。 これ以降、留学生ランナーを抱える大学が続出。 刺激を受けた日本人選手も速くなるなど、駅伝の強化にもっとも手っ取り早い手段となった。 一度使ったらやめられない」とつぶやく人までいるほどだ。 アフリカ人が日本人をごぼう抜きにする姿に駅伝ファンから賛否両論が沸き起こると、箱根駅伝を主催する関東学生陸上競技連盟は2006年に「エントリーは2人以内、出場は1人」というルールを設けた。 ちなみに、19年の予選会では個人タイムの上位4名が留学生だった。 トップのレダマ・キサイサ選手(桜美林大学)は2位以下を30秒以上も突き放す独走を見せたが、ほかの選手のタイムが劣り、同大は出場43校中28位で本戦切符は逃している(2~4位は本戦に出場)。 留学生コーディネーターの裏話 留学生の多くは発展途上のアフリカからやってくる。 特に多いのがケニア人だ。 道路が舗装されていない環境で幼い頃から何キロも走って学校に通っていた彼らは走ることに長けており、スタミナも抜群。 なかでも農耕民族である「キクユ族」は我慢強く、逆に放牧民族の「カレンジン族」は「あちこち動き回るため集団行動になじまない」そうだ。 以下は、日本に留学生を斡旋する「留学生コーディネーター」のA氏から直接聞いた話である。 「私の役割は、早く言えば人買いです。 ケニアの選手を橋渡しして各大学や学校法人から紹介料を受け取るわけです。 ただし、選手が稼いだ賞金にはノータッチです。 なかにはそこに手を付ける輩もいるけど、それはご法度です」(A氏) そんなA氏の選手を見る目は確かだ。 見るのは選手の走る姿、特に「蹴り」である。 蹴りが流れていなければ、長距離を走ることができるという。

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箱根駅伝、台風の目は東京国際大!留学生頼みのチームは低迷、変化する外国人の役割

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東京国際大学駅伝部の大志田監督の経歴は? 東京国際大学駅伝部の大志田監督の写真です。 東京国際大学の取材を2日連続アップ!大志田監督、じっくりお時間いただきありがとうございました。 創部初年度に「校内放送で部員を集めた」っていうエピソードが衝撃すぎて聞き直してしまいました。 秋の躍進に期待です! — 藤井みさ🙃Misa Fujii misaxxfujii 大志田監督のプロフィールです。 名前:大志田秀次 おおしだしゅうじ• 生年月日:1962年生まれ• 出身大学:中央大学 選手としても現役時代は優秀だったようです。 東京国際大学駅伝部の大志田監督の経歴 経歴をまとめてみました。 大志田監督の経歴• 高校時代:1500mで全国9位• 1981年:中央大学入学• 1984年:3年のとき箱根駅伝1区11位• 1985年:4年8区区間賞• 1985年:本田技研入社• 1986年:アジア大会1500m優勝• 1991~2001年:本田技研コーチ• 1994~1999年:中央大コーチ 1996年優勝• 2000年:NHK箱根駅伝解説者• 2011年:東京国際大学駅伝部コーチに就任 現役引退後の2002年から、ホンダの社業に専念していたのですが、 東京国際大学の横溝三郎総監督が声をかけて監督となることになることになったようです。 最初東京国際大学の部員はゼロ! なので2011年の4ガウtに校内放送で駅伝部の部員を募集しました。 集まったのは、• 陸上経験者2人• 野球経験者1人• マネージャー1人 だったと言います。 その年大志田監督は、高校のいろんな大会に行ってスカウトをしまくりました。 そのおかげで翌年には27人が入部します。 東京国際大学の2020年の箱根駅伝のエース、伊藤選手も高校時代は無名だったのですが大志田監督に声をかけられ、ここまで伸びることが出来ました! 東京国際大学の伊藤達彦選手の写真です。 6月の 関東地区選考会をトップ通過した。 エースの はユニバーシアードにも出場し、ハーフマラソンで銅メダルを獲得しました。 「自分がもっと伸びるイメージがある」と語ってくれた伊藤。 今後の彼にもチームにも注目です。 — 4years. 最初から優勝を目指すのではなく、ここまで出来るようになれば大会を楽に迎えられるようにすることです。 この力を出せれば通過出来ると、最低限のラインを引いてあげます。 そうすれば選手が、もう少しやれば上を目指せると分かるようになるんです。 強制するのではなく、自発的にして意識が変わってくることが重要! 与えられた練習だけではなく、自分で考えて練習することが実力につながっていくそうです。 そのいい例がやはり、東京国際大学のエース伊藤達彦選手です。 伊藤達彦選手の写真です。 ()が3位に入り、7月にイタリア・ナポリで開かれるユニバーシアードのハーフマラソン代表に内定しました。 そうそうたる顔ぶれの中、3位に食い込んだ男のストーリーです。 — 4years. 伊藤選手は学年で5番手くらいの選手だったそうです。 そんな彼が頑張って練習して、実力を伸ばしてきたので後輩たちも「俺も俺も」と努力を始めました。 やらせるだけでなく、自分から頑張って実力を伸ばせる人がチームに居るとチーム全体の底上げになるということですね! 東京国際大学駅伝部の大志田監督の経歴や指導法・コーチングまとめ 今回は• 東京国際大学駅伝部の大志田監督の経歴は?• 東京国際大学駅伝部の大志田監督の指導法やコーチング について紹介していきました。 調べたことをまとめてみると• 大志田監督は選手としてもコーチとしても経歴抜群• 自分で努力できるように指導する• 一人の努力に引っ張られてみんなも努力をするようになる 大志田監督は強制するのではなく、自主性を大事にしているんですね! 伊藤選手たちの代が卒業した後の国際大にも期待できると思いました。 最後まで読んでいただいてありがとうございました。 関連記事•

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【箱根駅伝2020】東京国際大学メンバーの注目選手は?予想順位やオーダー情報も調査!

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箱根駅伝での初シード権獲得へ一直線だ。 エースの伊藤達彦(4年)を走りに集中させるため、内山涼太(4年)を主将に、真船恭輔(4年)と菅原直哉(4年)のふたりを副将に据えた。 そして新入学留学生のイェゴン・ヴィンセントに、仙台育英高から進学したルカ・ムセンビを加えて、2019年シーズンをスタートさせた東京国際大学。 創部から9年目の新チームは、まず6月の全日本大学駅伝関東学連推薦校選考会をトップで通過して他大学に衝撃を与えた。 「練習を見ていると、だいぶ力はついてきたな、という手応えはありました。 2年連続で箱根駅伝本大会に出場してから、選手たちの意識が変わって、それぞれが前向きに練習に取り組むようになりましたね」 そう語るのは、創部以来、常に我が子を見守るようにしてチームを支えてきた横溝三郎総監督だ。 勢いに乗った東国大は、10月の第96回箱根駅伝予選会でも初の快挙を成し遂げる。 ヴィンセントが1時間2分23秒の全体3位でフィニッシュすると、すぐさまエース伊藤が1時間2分34秒の日本人トップで国営昭和記念公園内「みんなの原っぱ」横のフィニッシュに駆け込んできた。 その後も4年生の相沢悠斗に山瀬大成、丹所健(1年)に真船、菅原と続々と東国大のメンバーがフィニッシュラインを通過。 2位で予選会を通過した神奈川大学に3分26秒もの差をつけて、10時間47分29秒で堂々の総合1位で本大会への出場権を手にした。 伊藤は当初、調理師になろうとしていた。 その1週間後に迎えた全日本大学駅伝では、初出場というプレッシャーなどなんのその。 伊藤が2区区間新記録で区間賞を獲得。 その他の選手もほぼ全員がひと桁順位で走り切り、4位で初出場・初シード権を獲得する快挙を成し遂げた。 「今年急に強くなったわけではありません。 チームは毎年、着実に成長していました。 特に伊藤らの世代の選手たちが、伊藤ひとりに任せるのではなく、自分たちでチームを引っ張るんだ、という思いを持って走ってくれている。 そういう上級生の姿を見た下級生が、また自分たちも先輩たちに負けじと頑張ってくれている。 今年は、毎年地道に努力を積み重ねてきた4年生たちが力を発揮して、それが結果として現れてくれています」 大志田秀次駅伝部監督は、伊藤をはじめとする4年生の成長に目を細める。 そして、こう続けた。 「箱根駅伝は今年が勝負ですね」 大志田監督をしてそう言わしめるには理由がある。 それがエースである伊藤の存在だ。 「毎年、伊藤は階段を確実に上がってきました。 強くなりたいという想いが生活態度や練習への取り組みに表れていましたし、それがチームに好影響を与えています」 まさに東国大になくてはならない絶対的なエースとして君臨する伊藤だが、最初は前途多難な大学生活のスタートだった。 高校時代はずば抜けた力を示していたわけではなかった。 むしろ、陸上競技は高校で辞めて、調理師の道に進もうとすら思っていた。 それでも、その走りに惚れ込んだ大志田監督の熱意を受けて東国大に進学した。

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