枕草子 現代語訳 雪のいと高う降りたるを。 枕草子『雪のいと高う降りたるを』解説・品詞分解

枕草子~雪のいと高うはあらで~

枕草子 現代語訳 雪のいと高う降りたるを

枕草子「雪のいと降りたるを」 問題 枕草子「雪のいと降りたるを」 問題 雪のいと高う降りたるを、 A 例ならず御格子参りて、炭櫃に火おこして、物語などして、集まり候ふに、「 B 少納言よ、香炉峰の雪、いかならむ。 」と、仰せらるれば、御格子上げさせて、 C 御簾を高く上げたれば、 aQ. 1 笑はせ給ふ。 人々も、「さることは知り、歌などに D さへ歌へど、思ひこそ寄らざりつれ。 なほ aQ. 2 この宮の人には、さべきなめり。 」と言ふ。 (第二百八十段) 問1 A 例ならず御格子参りてから、いつもだったらどうであると推測できるか、簡潔に記しなさい。 という言葉は、誰の何という作品を踏まえたものか。 時代は、前・中・後期まで答えること。 1 aQ. 1 笑はせ給ふから、誰のどういう気持ちが読み取れるか。 30字程度で記しなさい。 advanced Q. 2 aQ. 2 この宮の人には、さべきなめりとは、誰がどうだというものか、わかりやすく記しなさい。

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助動詞「む(ん)」の識別の解説

枕草子 現代語訳 雪のいと高う降りたるを

先日(2016. 18)横浜でも雪が降りました。 初雪です。 まあ、自分が起きたときにはやんでたし、雪はほとんど溶けてましたけどね。 でも、また明日の夕方に降るとか? 「ひらけ!ポンキッキ」の歌、「いちばんロック」です。 【現代語訳】 雪がそんなに高くなく、うっすらと降り積もっているのはとっても風情があるわ。 また、雪が非常に高く積もっている夕暮れ時から、 縁側近くで、気の合う三人くらいの友だちと火鉢を囲んで話をしているうちに暗くなって、 でも室内には灯火もつけず、外は雪明かりがとても白く見えていて、 意味もなく火箸で灰をかき混ぜたりしながら、しみじみすることや面白いことなんかを話しているのが楽しいのよね。 宵も過ぎたかな、と思う時分に、沓の音が近づいてくるのが聞こえるので、 何だろうと不思議に思って見てみると、時々、このような時に思いがけずやってくる人だったりして。 「今日の雪をどう過ごしているだろうと思いを馳せながら、つまらないことに妨げられてどこそこで過ごしていました」 とか言うの。 山里は雪降り積みて道もなし今日来む人をあはれとは見む 〔山里は雪が降り積もって道もない。 そのような中、今日やって来る人を真心のある人だと思おう〕 なんていう歌を踏まえて言っているみたいね。 昼にあったことなどをはじめとして、色々なことを話してくれるの。 座布団を差し出しても、片足は外に垂らしたまま縁側に腰掛けていて、夜明けの鐘の音なども聞こえるまで話す、 こういうお喋りは部屋の内でも外でも飽きることがないわ。 その人が、まだ暗い夜明け前に帰ると言って、「雪、なにの山に満てり」と吟唱したのは非常に風情があるものね。 女だけではそんな風に夜を明かすことはできないでしょう。 こうして風流な男が加わると、女だけでいるよりも面白くて、 男が帰った後まで、その風流な有り様などを話し合ったりするの。 雪にまつわる『枕草子』の一節です。 中盤から出てくる男の話は、実際に清少納言が経験したことなのか、あるいは理想像として書いたものなのか。 どっちとも取れるように訳しておいたつもりです。 さて、雪は古代の人の心も動かしていました。 前にもこのブログで紹介したことがある歌ですが、雪は吉兆ともされていました。 新しき年の初めの初春の今日降る雪のいやしけ吉事 大伴家持の歌です。 雪見のために、雪に足跡を付けないようにするとか、 または今の「雪だるま」のような感覚で雪を大きな塊にする「雪まろばし」などという遊びもありました。 今回と同じ『枕草子』には、「雪がいつまで溶けずに残るか」という予想をして楽しんでいる描写もあります。 雪は現代人にとっても特別な感情をかき立てるものがあります。 もちろん、雪国の人にとっての雪と、そうでない地域の人にとっての雪とでは違いますが。 明日は本当に降るのかな? 【現文】 雪のいと高うはあらで、薄らかに降りたるなどは、いとこそをかしけれ。 また雪のいと高う降り積もりたる夕暮より、端近う、同じ心なる人三人ばかり、火桶を中にすゑて物語などするほどに、 暗うなりぬれど、こなたには火もともさぬに、おほかたの雪の光、いと白う見えたるに、 火箸して灰など掻きすさみて、あはれなるもをかしきも、言ひあはせたるこそをかしけれ。 宵もや過ぎぬらんと思ふほどに、沓の音近う聞こゆれば、 あやしと見出だしたるに、時々かやうの折に、覚えなく見ゆる人なりけり。 「今日の雪を、いかにと思ひやりきこえながら、なでふ事にさはりてその所に暮らしつる」 など言ふ。 「今日来ん人を」などやうのすぢをぞ言ふらむかし。 昼ありつる事どもなどうちはじめて、よろづの事を言ふ。 円座ばかりさし出でたれど、片つ方の足は下ながらあるに、鐘の音なども聞こゆるまで、 内にも外にもこの言ふことには飽かず覚ゆる。 あけぐれのほどに帰るとて、「雪なにの山に満てり」と誦じたるは、いとをかしきものなり。 女のかぎりしては、さもえ居明かさざらましを、 ただなるよりはをかしう、好きたるありさまなど、言ひあはせたり。

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雪のいと高う降りたるを 現代語訳・品詞分解・原文

枕草子 現代語訳 雪のいと高う降りたるを

『枕草子』の「雪のいと高う降りたるを」の段で、 中宮定子の「少納言よ、香炉峰の雪、いかならむ。 」という問いに対して、 清少納言が「御簾を高く上げ」とあるんですが、なぜ清少納言はそうしたのか説明できる方いますか? 『白氏文集』がヒントみたいなのですが、 漢文が読めずにわかりませんでした。 わかる方、お願いします。 私の説明不足で質問が理解できなかったら言ってください、すみません 補足「香炉峯下新卜山居草堂初成偶題東壁」 には何か意味があるのでしょうか? できれば現代語訳をお願いしたいです。 これと清少納言が行った行動は どこが関係しているのでしょうか?? ただ清少納言を試しただけですか? よろしければ教えてください。 もし関係していないのなら、 大丈夫です! 再び言葉足らずですみません 白居易(白楽天ともいわれます)の、 「香炉峯下新卜山居草堂初成偶題東壁(香炉峰下(こうろほうか)、新たに山居を卜(ぼく)し、草堂(そうどう)初めて成り、偶々(たまたま)東壁(とうへき)に題す)」という詩の中の一節です。 この詩は、『白氏文集』の中に出てきます。 (「はくしもんじゅう」という言い方が今では一般的ですが、 昔は「ブンシュウ」という言い方が主流だったようなので、 そちらの読み方を提唱する方もおられます。 ) この七言律詩の四句目に、 「香鑪峯雪撥簾看」(香鑪峯の雪は簾(すだれ)を撥(かかげ)て看(み)る) とあります。 『白氏文集』は、平安時代の日本で大流行しました。 なので、教養ある人なら暗記しているような知識でした。 定子様も、それを知っていて、 「外の雪景色が見たいわ」と直接言うのではなく、 暗に自分の意志を伝えたのです。 だって、雪が高く積もっていたこの日、御格子が下ろされていたのは、 定子様が寒く思われないようにと、女房たちが配慮したことだったかもしれません。 なので、定子様も直接自分の気持ちを伝えて 女房たちを叱責するような感じになるのではなく、 白居易を引用することで、言葉遊びのようにして自分の気持ちを伝えたのでしょう。 それにより、女房を慮る優しい定子様像も伺えます。 他の女房も白居易は知っていましたが、 それを行動で表すという対応は思いつきませんでした。 その中で、清少納言は、機転をきかせて定子様の意図を汲み取り、 御簾を巻き上げて、雪景色をみせたのです。 定子様は、宮仕えの慣れない清少納言が、自分の近くで仕える人物として ふさわしいことを、他の女房にも認めさせる機会を作ったともいえます。

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