ドラゴンクエスト ユア ストーリー オチ。 『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』オチに激怒した理由と具体的改善案を語る(ネタバレなし+ネタバレ感想)

【感想、レビュー】ドラゴンクエストユア・ストーリーってどうなの?【ネタバレ有り】

ドラゴンクエスト ユア ストーリー オチ

総監督は「ドラ泣き」で有名な『STAND BY ME 』の監督でもあったさん。 『』とさんという約束された成功だと思われていた本作だったハズだが、実際に劇場で観てみると上映後の館内が響めきが走り、ザワつくという『ミスト』を劇場で観て以来の現象が起こった。 正直、私もまさかこんな展開になるとは思っておらず、「なんなんだ、何を見せられたんだ?」という困惑がしばらく頭から離れなかった。 そんな本作について書いていきたい。 ネタバレ全開なので注意してくれ。 観てない人は是非劇場で。 RTA5 この映画は5と最後のオリジナル要素の二部構成で作られている。 まぁそこは仕方ない。 そもそもこの映画、テーマも含めて5初見さん向けの映画では全く無く、皆さんご存じの5をこう映画的表現します。 懐かしいでしょ。 と作り手と観客が確認しながらラストのオリジナル要素まで突っ走る映画なので、まだゲームもしたことない人はまずゲームをクリアしてからこの映画を観て欲しい。 そして5と言えば、嫁論争。 正直私はこの嫁論争が鉄板のネタにされすぎていて、半分嫌にもなっていた。 ネットでもリアルでも5の話になるとまず嫁論争に発展する。 いや、5でもそれ以外の事を少しは語りたいんだが!?と真顔になる。 そもそも私がフローラ派だったのも影響して、派からの執拗なまでの煽りをどうしてもネットに生息していると受けてしまうし、最近では公式がもはやほぼ一強を隠さなくなってきたし、の生みの親である堀井さんが「ほとんどの人が選ぶと思っていた」とか言って死体蹴りしてくるし、最近ではフローラよりデボラの方が人気あるのでは!?疑惑まである。 いやいやいや「フロータを選んでアンディから寝取りの気持ちを味わえ、が田舎でイヤイヤ寝取られる妄想が出来て2度美味しい理論」は常々発信していきたい(何の話だ) 本筋に戻るが、本作でもフローラではなくが選ばれる。 (C) ユア・ストーリー製作委員会 しかも、フローラを選ぶように自己暗示かけていたのに関わらずを選ぶのである。 これじゃ私のフローラちゃん、完全に負けヒロインやんと頭を抱えていると、実はフローラは主人公がを好きだという内なる気持ちに誰よりも早く気付き、変装して恋のキューピット役になっていた事が判明する。 負けヒロインなのは負けヒロインなのだが、一矢報いた感があったのでまぁ妥協できるラインかなと思う。 それにしてもどうあがいてもを選ぶこの公式、本当にフローラは当て馬的存在なのだと思ってしまい悲しい。 あと、中盤にが捕まるシーンとか「あれ、ここ同人で観た事ある!」ってなってニヤニヤしてしまった私は汚れた大人。 許せるか、許せないかラストの展開 分かりやすく言うと出来の悪い『レゴムービー』のような作品。 ラスト、実は冒険してた世界がVRの世界だったことが分かる。 実はVRの世界だった 実はVR 実VR これは夢オチと双璧なす程の荒れる展開である。 別に夢オチとかVRオチ自体が悪い訳ではないが、安易に出来る割に今までの積み重ねを一気に無に返す強力な呪文なので、繊細に扱い、観客が納得いく展開にしないと信頼関係がなくなる展開だと思う。 私がこういう実はゲーム世界でしたとか、仮想空間でしたとかのオチに初めて触れたのが『3』だった。 これも今までのシリーズは一体何だったんだと怒るファンが大勢いて、私は子供ながらゲームオチって人を怒らせる禁じ手なんだな、怖いなという印象をずっと持っていた。 そして本作である。 純粋に5が好きな人が怒る気持ちも分かる。 空想の世界を楽しんでいる人に対してこれは空想だぞって説教してくるなんて不粋の極みみたいなモノだし、「うるせ~しらね~」案件である。 こっちはゲームの世界をゲームだと想いながらもゲームだと思わずに遊んでいる訳で、令和になった時代に、そんな「ゲームはまやかしではない」という使い古されてカビが生えた主張して、さも感動的なテーマのように上から押しつけられるのは辛い。 そして作中で映画はVRなので自由に設定を変更した上で体験が出来る事が明らかになるが、『5』好きを公言している主人公が、100分に納めるという映画上の制約の為に本来あった様々な設定の数々を省略してしまうのは、あまりにも製作陣による5ファン軽視だと捉えられても仕方ないと思うし、幼少期カットとする主人公、本当に5好きなのか? そもそも、冒頭の演出もおかしい。 5はですよ。 こういう事があると、内なるISSAが言う「お前のへの想いって歩きにくくないか?凸凹じゃないか?」と。 同じような題材だった『レゴムービー』との最大の違いはやはり、原作と原作のファンへの想いと愛情と敬意の差だったと思う。 製作陣は反省して欲しい。 、タイトルを観て欲しい。 (C) ユア・ストーリー製作委員会 Rが反転している。 RとはRealの頭文字である。 そしてそれを反転、即ち逆の意味にすると そう、Virtual こんな所から伏線があったというどうでも良い話を挟みつつ、本題に戻る。 そもそも別にVRオチなくても成立した話だし、最悪様出さなくてもゲマをラスボスにしても良かった。 それでもあえてVRオチを持ってきた本作。 パンフレットを読むとシリーズの生みの親である堀井さんもがっつり脚本に関わっているみたいなのでさんの暴走という訳でもない。 それでもこの展開を強行した理由を考える。 やはりのある台詞が本作のテーマなんだと思う。 幼少期にで『5』を遊び、制服を着てPS2でリメイク『5』を遊ぶ。 そしてVRで本作を遊ぶ。 童顔だが、そんな年齢なら恐らく私たちと同世代の30代前後だろう。 そんなもはやおっさんである主人公が昔を懐かしみいつまでもゲームを遊ぶ。 そんな主人公に対してゲームのウイルスでもあるが言う。 「大人になれよ」 本作のボスであり、ゲームのウイルスでもある彼自身には野望も信念もない。 ただ、ウイルスの創造主である人から「送られたから来た」だけで「ゲーム壊す」ようプログラミングされているだけで「送り主はゲームなんていい加減卒業しろ言ってた」と代弁するだけ。 本当にVR世界を壊す必要がない。 しかも、ウイルスとしても謎である。 なぜなら、パスワードとか個人情報を抜く訳でもなく、ただ「もうゲームをやめろ」と説教してくるだけなのだから。 それはまるで子供時代の「お母さん」である。 子供時代にゲームで遊ぶ時の最大の壁と言っても良いお母さん。 ゲームなんてやめて勉強をさせようとするお母さん。 ゲームなんて無駄だと言うお母さん。 そして無理矢理ゲーム機の電源を強制的に切ろうとするお母さん。 まだ、セーブもしてないんだぞ! そんなお母さんに対して主人公は反発する。 ゲームは決して無駄ではない。 ゲームでの出会いは決して意味がない事なんてない。 それらは例えリセットされても、僕の血肉となり、経験となり、生き続けると。 その時の感動は虚構とはいえ今の人生に一部であり、ニセモノだけど本物だったと。 力強く説得してくれる。 そして最後は成長した子供の姿を見てお母さんは安心して成仏する。 それはまるで、当時を遊んでいた人、今も遊んでいる人、FF派の人、をやった事なくてもゲームが大好きな人、大人になりゲームをやめた人、そして今も大人という当たり前に誰もがなれると信じていたのに未だに大人になれそうにない全ての人に、あの頃の冒険心を蘇らせてくれると共に、それらゲームに支えられて生きてきた事全てを肯定させてくれる。 それはまるで使い古されてカビ臭い古い主張かもしれないが、それでもある意味そういう「古さ」という感覚も踏まえて、『』シリーズにしか出来ない優しい終わり方だと思うし、堀井さんがゲーム論で常々語っている「プレイヤーを驚かせたい」という考えにも通じていると思う。 そしてなぜ題材が『5』なのか。 これはやはり5は親子がテーマであり、一人の子供が立派な大人になるまでのストーリーだからだと思う。 ユアストーリーというタイトル通り、本作の主人公とはつまり観客一人一人である。 そして本作を観ているあなたは、子供の頃から5を遊ぶ、共に成長し、困難を切り抜けて来た。 例え、ゲームの中のような立派な勇者になれなくても、にも負けない可愛い妻や子供がいて幸せな光景。 これこそが、僕の人生なのだと誇り高く叫ぶような人生を送っているのだろう。 そんな人生と5は重なるのだ。 だからこそ最後のの台詞である 「家族を幸せに」という台詞が響く。 これはゲームではなく現実の事を言っているのだ。 ちなみに私は子供もいないし、結婚もしていないのでここら辺は敗北感しかなかった。 映画に説教される現実が辛い。 はぁー現実でも魔物が襲ってきてを不幸にしてくれねーかなー あと、この映画で一番駄目なのは、ゲーム世界を元に戻すワクチンプログラムのデザインがだったこと。 これ5やぞ!やぞ!BGMも5以外の奴多かったし、何かこうファンサービスのセンスが僕と違いすぎてノイズでした。 VRでと子供作るシーンとか迫力凄そうとか思ってニヤニヤしてしまった私は汚れた大人。 — livedoornews 主人公の「リュカ」という名前で色々問題が起きているが、映画を観れば分かるが、子供の頃から「リュカ」という名前を使っていたみたいだし、恐らくさんの作品に影響されて主人公がこの名前を選んだと推測されるので、是非諸問題が無事に解決してくる事を祈ります。 正直100分で5を完結させるのは無理だし、完成度もそんなり高くはない。 さんのキャラ絵じゃないのも不満だし、というか不満言い出したら切りがない。 良かった所はさん筆頭に声優陣はまぁ無難で良い出来だった(最初のパパスの独白のシーンは正直この映画大丈夫かと不安にもなったが) 個人的には今更ゲームをそのまま映画化されても反応に困る所があったので、こういう挑戦してくれたのは嬉しい(の逆襲レボリューションみたいなのが一番好きくない) 最後に、発売から25年以上経っている『5』だからこそ出来たストーリー展開だと思う。 個人的には許しがたい岩石の様な重みの側に一輪の花が咲いている様な気持ち(ポエム) 色々叩かれていて大変だけど私はひっそりと応援しているぞ。 ただ、双子の妹の存在消した意味あったか?.

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ドラゴンクエストユアストーリーのオチやラストは?ネタバレあらすじと感想も

ドラゴンクエスト ユア ストーリー オチ

ネタバレ! クリックして本文を読む 評判が悪い事だけは知っていたが、何が悪いのかは耳栓しての鑑賞。 ドラクエはプレイしたが、流石に細かい部分は忘れているので、それ程にオリジナルと比較はしなかったので、タイトルは純粋にこの作品に関する感想。 その相手との最初の出会いがゲーム画面でチョコッと触れただけなので印象に残らないから、本編で登場した時に「いつ出会った?」ってなってしまう。 それ以外のシーンも切り貼りした様な展開。 キャラの行動も上っ面をなぞっただけで、何故そんな行動するかの裏打ちもないから感情移入出来ない。 プレイしたら何十時間、映画内の時間も三世代にわたる長い物を二時間程度に納めるのは難しいのは分かるが、オリジナル頼りの作り方なのに、終わり方がアレでは批判されても致し方ないな。 ラスト、「えっ?」とは思うけども、特に斬新では無かった。 所謂、夢オチの一種+SAOの劣化コピー。 ネタバレ! クリックして本文を読む 結論から言うと好きでした。 悪評の根元たる終盤の展開も含めて。 序盤から終盤手前までかけては上手いこと5の良いとこ取りが出来ていて、戦闘シーンも上手く描かれていて、声優はキャラにもよりますがほとんど違和感なくよかったと思います! 声優陣のドラクエ愛あってこそかと。 特に、ビアンカはとても魅力的に描かれていたかと思いました。 結婚の一連の流れはビアンカの表情一つひとつが素晴らしかったと思います! ここからはネタバレ要素が強くなりますので、映画をまだ観てない方は自己判断でお願いします。 終盤についてですが、一番良いシーンの流れが止まって正直私も「えっ…」となりました。 後述しますが敵についてもえっ…となりました。 でも最後まで見終わって振り返ってみるとかなりしっくりきていてスッキリしていました。 監督の伝えたい意図に関しても共感はできますし、入れるならあのタイミングというのもわかります。 エンディングに対する「終わってしまう…」という気持ちもかなり増してより良いエンディングになったなって感じました。 1、最後の敵 井浦新さん のキャラ設定が極端に世界観を壊しすぎてる… せめて見た目はミルドラースでよかったんじゃないか、デジタル世界を消去していく説明が一気に興ざめさせすぎたかと。 もっと井浦新さんはさらっと流して現実世界のゲームスタートの回想に入って欲しかったかなと。 データ世界である伏線も引きすぎていたかなとは思います… 2、タバサも産んで… 5を楽しんでた人間として、今回のストーリーに必要なかったのはわかるし、そこに声優をあてるだけで人件費がかかるのもわかりますけど、タバサがいないだけで悲しくなってしまいます…自分のやってきた5じゃないって思ってしまいます。 残念だった点を熱く語りすぎてダメだったみたいに感じてしまうかもしれませんが、前述したように タバサ不在の残念さは残りますが 振り返ってみるととてもスッキリ見終わる良い映画でした! こういったバーチャルゲームが出たら私もぜひやってみたいなと思います。 私からはこの映画はオススメさせていただきます。 ネタバレ! クリックして本文を読む WOWOWにて、ラストと評判は知っている中で視聴。 5年後くらいに忘れたころにまた観たいなぁ。 CG聞いていたよりもよく、 モンスターやゲマのデザインは非常に良かった。 コメディ調ながら話もテンポよく進む。 ドラクエはそこまでガッツリ派ではないからかもしれないが、音楽や世界観は楽しめたと思う。 気になるのは3点。 一つはキャラクターデザイン。 鳥山明さんのデザインが好きで、特にドラクエ5の時はセル編あたりでドラゴンボールの絵も最盛期。 当時のジャンプにもドラクエ5はよく出ていて、あのデザインが好きだったのでそれで観たかったなぁと。 もう一つは声。 俳優さんでなく、上手い声優さんで観たかったなぁ。 違和感なく聞けるとかいうレベルじゃなく。 ただ吉田鋼太郎さんのゲマだけは良かった。 あとは問題のラスト。 言いたいことやりたいことは分かるが…。 ウィルスは理解しがたい。 だったら最初からゲーム感出して異世界転生的な展開にして、ゲームの世界と現実との葛藤で迷ったり、それでもゲームももう一つの現実なんだ、とした方がメッセージが伝わってきたのではないか。 メタ的にも、ラスボスが近付くとクリアが見えて達成感もあるが終わりの切なさを感じる。 その展開で観て観たかったなぁ。 ドラクエシリーズが大好きで、もちろん5の壮大な3世代ストーリーも思い入れがあるので、興味本位で観ました。 非常に長い物語を映画にするという制限がある中で、よくまとめたなっていうのが全体を通しての感想です。 映像も独特とはいえ綺麗なCGで自分は嫌いではなかったです。 以下は悪い意味で気になった点です。 1 声優陣 芸能人ではなく、ちゃんとした本業の方が良 かったです。 この作品を見るまでは、最近は芸能人の声優が増えてきて「うまいな〜」って思ってたんですが、この作品では違和感しかなかったです。 もっと感情を込めて、棒読みはやめて欲しかったです。 2 ドラクエ好き以外を置いてけぼり ゲームをやったことがある人はストーリーがわかり、場面場面の状況、心理を理解できますが、やったことない人は意味がわからないのではないでしょうか? 子どもはわかりやすい戦闘シーン以外は何のことかわからないと思います。 3 音楽がバラバラ ドラクエの大事な要素の一つである音楽は、原作のものを使っていて良かったのですが、ただただ詰め込んだだけで、まとまりがなかったように思いました。 4 ラストの展開 ドラクエの映画の観客は当然ドラクエファンが多い訳で、あまり奇抜な展開よりオーソドックスに大魔王を倒して終わりの方が受けます。 ドラクエはみんなの実生活の一部だって印象付ける意図は理解できますが、ドラクエファンの共感は得られないでしょうね。 鑑賞後にこんなにハラの立つ作品も珍しいです。 何故って? いい作品だからです。 最後10分までは・・ 切ない恋、家族との悲しい別れ、素晴らしい仲間との心躍る出会い。 手に汗握る冒険の数々・・童心に帰ってワクワクハラハラしながら、さあラスボスとの決戦! 「え!?(愕然)」 「はあ!?何それ」 そして落胆と怒り。 違うだろ。 これはファンタジーの世界のはず・・・ 観客を馬鹿にして・・・この2時間は何だったんだ?? 緊急事態下でそうでなくてもイライラしているのに、こんなの観なきゃよかった! 監督は私財を投げうってでも、最後を撮り直せと言いたい。 間違いなく良い作品になる。 ちなみに、子供に見せなくてよかった 苦笑。 ネタバレ! クリックして本文を読む DQ1〜7までリアルタイムでプレイし続け、公式の攻略本も一度クリア後(当時はゲーム自体の発売よりかなり後に発行)に楽しみにしながら待ち、やり込みする、とかなりヘビーに楽しませて頂き、その中でDQ5はSF、PS、DSとそれぞれ2〜300時間はプレイしてきた一番のお気に入りです。 その立場で、この映画も発表当初から楽しみにしていました。 封切り後しばらく観に行く事が出来ず、只々、封切り以前の評論家であり、観覧後の一般の方々の酷評がされている状況で、ネタバレ内容は見ずにやっと観に行く事が出来ました。 観終わった直後の自分の率直な感想は、『何故?』でした。 その『何故?』の矛先は酷評に対して、です。 観覧後、改めて酷評の内容を確認しました。 そこで感じたのは、只々ゲーム内の冒険活劇の模倣を求めていた人と、そこに原作者や監督の意志を感じ取った人にあからさまに別れている事でした。 結果、残念ながら前者の割合が圧倒的だったので、封切り直後から2点台となってしまう低評価を叩き出してしまっている、と。 映画評論家と言う肩書を持っている人もこぞって、記事が面白くなる様に、閲覧数が上がる様に、作品の意図を理解しないままアップされている状況であったと思いました。 普通にプレイしても30時間は掛かるストーリーを100分程度にまとめるのは至難の技です。 当然かいつまむ必要と、されでも観せたいシーンをどれだけ濃く出来るか、かいつまんだ部分との擦り合わせ、この作品においてはゲーム上で明らかに分岐されている部分を各キャラを立たせながらどう折り合いを付けるか、その上でプレイヤーが納得をする内容にもっていくか、原作がある作品はどう作っても原作ファンにとって不満点が挙がるの仕方が無い所でもあります。 山崎監督は4年前からプロデューサーに打診されつつも、この偉大な作品を数多のプレイヤーのプレッシャーを感じて断り続けていたそうです。 それでも、熱意あるオファーとゲーム本編と戦えるエンターテイメント作品として完成されられるかどうか、自問自答の中で引き受けた、との事。 そして、原作者である堀井さんと一つのセリフの為に激論を交わした、とも。 1の頃から週刊少年ジャンプ関連の書籍、その他記事を通して、堀井さんのゲームに対する考え方、捉え方を様々な形で拝見させて頂いた立場で観ると、この映画はズバリ考え方ものを表していると思います。 堀井さんはゲームの世界はあくまでもゲームの世界、ただそこにどれだけ自分(プレイヤー)が入り込めるか、と言う事を大切にしている方です。 その上で、ゲームの中で過ごした自分も人生の一部になるように、と作られてきました。 作る際の容量の限界が存在して、テキストの一文字をどう削るか四苦八苦した時代から、です。 作品を観る感想として、こうであって欲しかった、と言う考えは少なからずあっても良いとは思います。 只、それをそのまま作品の評価に直結させてしまう、作り手の評価を下げる事に繋げてしまうのは、あまりにも乱暴です。 そして、作り手の評価にするにしても、今回は山崎監督に酷評が集中していましたが、この『返し』は当然、原作者である堀井さんの表したかった事も濃密に組み込まれています。 普通の冒険活劇が観たかった、は視聴側の希望であり、それはそれで良いとは思いますが、それに合わなかった作り手の考えを完全に否定して低評価として残すのは、様々な試行錯誤をしながら生み出した『創作物』に対して失礼とだと思います。 何も考えずに商業的に作る作り方は、山崎監督、堀井さんにの過去の経歴から考えてもあり得ません。 この映画では冒頭に子供時代がゲーム画面を用いてストーリーを強制的に進ませています。 これはラストの『返し』に対する伏線になっていますが、それすらも気付かないまま評価に繋げている方も多々見受けられました。 映画好きな立場である身からしても、この低評価はあり得ないと思います。 そんじょそこらの費用ばかりかけられたメジャー映画よりは、確実に作り手の想いが込められています。 この2点台と言うなかなか無い低評価により本来観て頂けていた方々に正当評価をもらえる機会が無くなる可能性がある事、数多の名ばかりの評論家を含む世に合わせた作品の評価する行為が蔓延する事、この作品によって本当に危機感を感じました。 「デスカムトゥルー」 C IZANAGIGAMES, Inc. All rights reserved. 「ソニック・ザ・ムービー」 C 2020 PARAMOUNT PICTURES AND SEGA OF AMERICA, INC. ALL RIGHTS RESERVED. 「エジソンズ・ゲーム」 C 2018 Lantern Entertainment LLC. All Rights Reserved. 」 C 2019 Sony Pictures Television Inc. and CBS Studios Inc. All Rights Reserved. 「ドクター・ドリトル」 C 2019 Universal Pictures. All Rights Reserved.

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ユアストーリーのオチがひどいと話題に!ネタバレ感想で評判をまとめ|ごろーの色々総合ブログ

ドラゴンクエスト ユア ストーリー オチ

もくじ• 評価:15点 Twitterで話題騒然、暴動寸前のこの夏最大のディザスター映画『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』観てきました。 あまり観る気なかったのですが、先日映画仲間から猛烈に 「あれはヤバイっすよ」とおすすめされ、職場の後輩から「先輩の感想お待ちしてます」と期待されてしまったのでこれは逃げちゃダメだと挑んできました。 ブンブンは『ドラゴンクエスト』シリーズで遊んだことありません。 せいぜい『いただきストリート』でスライムをフルボッコにしたぐらいしか接点がありません。 それでも、この映画がラブレスな映画であることがわかりました。 これはライムスター宇多丸が叩くようになり、映画ファン共通敵、サンドバッグとして山崎貴を叩きに叩いた結果生まれてしまった悪魔の映画です。 魔王、いや勇者である山崎貴が魔物をイオナズンで焼き殺すある種の復讐とでも言えよう。 ここに、ブンブンのネタバレ酷評を書いていく。 とにかく地獄絵図がそこにはありました。 『ラゴンクエスト ユア・ストーリー』あらすじ 1986年の第1作発売以来、シリーズを重ねて国民的RPGとして人気を誇る「ドラゴンクエスト」の5作目で、92年に発売された「ドラゴンクエストV 天空の花嫁」を原案に3DCGアニメ映画化。 総監督に山崎貴、監督に八木竜一、花房真と「STAND BY ME ドラえもん」を手がけたスタッフが結集し、オリジナルゲームの生みの親である堀井雄二が監修、同じく「ドラクエ」テーマ曲などで知られる作曲家すぎやまこういちが音楽を担当した。 声優は佐藤健、有村架純、波瑠、坂口健太郎、山田孝之ら豪華俳優陣が務めた。 少年リュカはゲマ率いる魔物たちに連れ去られた母マーサを取り戻すため、父パパスと旅を続けていた。 しかし、道中での魔物たちとの激闘により、パパスはリュカの目の前で非業の死を遂げてしまう。 それから10年後、故郷に戻ったリュカは「天空のつるぎと勇者を探し出せば、母を救うことができる」と書かれた父の日記を発見。 パパスの遺志を受け継ぎ、冒険へと旅立つ。 次々と立ちはだかる試練の数々、ビアンカとフローラをめぐる究極の選択など、リュカの壮大な冒険が描かれる。 彼はライムスター宇多丸が毎回のように彼の作品を叩いていたことで、それに追随するように映画ファンがサンドバッグとして彼の作品を貶していった。 しかし彼はインタビューの中で自分の映画の戦略について疑問を呈していた。 有名なところで言えば、『』や『STAND BY ME ドラえもん』の副題に英語を入れるところに関しては下記のように発言している。 「頭に英語が付いたタイトルは、僕ではなく、ほとんどがプロデューサーの阿部(秀司)さんのアイデア。 その結果、作品が若い層にも届いたんです。 なるほどすごい戦略だなと思いました。 世間ではそこに反感を覚える人もいるみたいですけど、まあその気持ちは僕も分からなくもないです(笑)。 そもそも泣くか、泣かないかは観客が決めることでしょう。 それを最初から『泣けますよ』と言い切るのはなかなか思い切った戦略です…。 しかし史上最強のコピーでもあります。 そして、今年の彼はその間で生まれた憤怒や葛藤、モヤモヤを2つのベクトルで爆発させてしまった。 『アルキメデスの大戦』では菅田将暉演じる天才数学者の運命に自分を重ね合わせ、天才的才能でもって国を支えるポジションにまで登りつめたはいいものの、どんなに頑張っても最終的には組織に飲まれてしまう哀しさを描いた。 あれは、東京五輪や消費税増税、7pay問題と今の日本が抱える組織的汚職を象徴させ、「これぞ日本だ」という映画ではあるのだが、その原点は山崎貴本人の生き様にあったのだ。 だがら妙に熱量が高い作品でした。 山崎貴本人の苦悩を語った『アルキメデスの大戦』に対して、『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』は今まで散々暴言を吐いてきた映画ファンに対して、資金力と名声でもって高品質に作られた世界観の中で焼き殺すイオナズンでありました。 我々からしたら山崎貴は魔王に見えたことでしょう。 だが、彼からしたら僕たちは魔物だったのだ。 彼は勇者として、徹底的に魔物を焼き殺してみせたのです。 彼は恐らく広告会社や映画会社から 「ノスタルジー系やりましょうよ。 ドラクエ懐いですねー。 じゃあ納期来年ってことでお願いしますわ。 」と言われ幻滅したのでしょう。 彼は本当はゲームの映画化なんてやりたくないし、ドラクエなんて無茶だ ひょっとするとまともに愛もってRPGゲームなんかやってないのでは? と思っているのだろう。 でも仕事だから一応やる。 ほれバトルシーンだよ。 モンスター倒すとゴールドやアイテム貰えるんだろう? とりまスライム仲間にすりゃいいだろ? 結婚シーン入れておきます。 フローラ派? ビアンカ派? そんなのどうでもいいわ、両方に告る展開にして保険をかけておこう。 といった感じで全てが事務処理で終わり、到底2時間で終わらないゲームプレイは冒険のダイジェスト映像でzip圧縮されている。 『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』をやったことないブンブンですら、違和感を抱く。 ポンッ、ポンッ、と『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』の重要イベントだけが乱雑に並べられ、叙事詩、あるいはパソコンなんてない世界の一期一会と再会のカタルシスが皆無となっているのだ。 ドラクエといえば、モンスターが仲間になるのだが、これもスライムとヒョウのモンスターに留まっている。 スライムに関しては、魔王の労働施設からずっとリュカの側をついてくるのだが、彼と遭遇するまで異常に時間がかかっているし、船に乗ってまで彼に会いにいっているのだが、それに関する説明がないので、ただのストーカーにしか見えないのだ。 保険をかけてフローラとビアンカに告白するという脚本になっているのですが、これが鬼畜すぎてドン引きするものとなっている。 フローラにリュカは結婚を申し込み有頂天になる。 フローラはビアンカこそリュカのパートナーにふさわしいと考え始め、老婆に変装し彼をビアンカに告るよう仕向ける。 そしてリュカはフローラとの結婚を取り下げ、ビアンカに告白するのだが。 それをビアンカがすんなり受け入れるとはあまりにも都合がよくないだろうか? ビアンカがブチギレて出て行き、リュカが一人でダンジョンに挑み自問自答し、成長し再び告白してOKとかならまだ分かるのですが、ビアンカが単にリュカの都合のいい女のように軽く扱われているのには流石に腹が経ちました。 そしてこの作品を観て感じるのは、山崎貴がRPGゲームというものを分かっていないというところです。 RPGゲームの醍醐味は連携プレイと心理戦である。 初心者は、戦闘を早く終わらせようと「こうげき」or「こうげきまほう」一辺倒でモンスターに立ち向かう。 しかしながら、中級者になってくると、回復係、強化魔法係と各キャラクターのポジションを明確に分け、連携プレイを覚えてくるものです。 これは『ドラゴンクエスト』を遊んだことないブンブンでも『ポケモン』や『MOTHER』で学びました。 何か一つRPGゲームを愛したことがあれば、そういった連携プレイを魅せてくれるはずなのですが、ここでは戦略が皆無だ。 常に「こうげき」or「こうげきまほう」しか使わない。 また、敵の大抵がワンパンチで倒れる仕様だ。 一撃必殺のチート取り入れたプレイを魅せられている程つまらないものはない。 『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』はまるでYoutuberのつまらないゲーム実況を観ているような虚無が漂っていました。 衝撃のラストと『天気の子』の意外な共通点 そんな退屈地獄なイバラ道を2時間耐えたブンブンは最後の最後に、山崎貴渾身のイオナズンに精神が大爆発しました。 ラスボス・ミルドラースを倒したかと思ったら、急に画面がフリーズし始め、異次元から棒人間的魔物が現れる。 そしてこの世界はプログラミングに過ぎないと語り始め、この映画の構造が明かされるのだ。 これは『ドラゴンクエスト』のVRの世界で、この旅はプレイヤーの没入感が生み出した世界に過ぎないということが明かされていくのだ。 これが副題の《ユア・ストーリー》の正体だったのだ。 棒人間魔物が語る「永遠に思えた時間は、現実世界では2時間しか経っていないんだぜ」という言葉は、この映画に没入してきた観客を逆撫でするものであり、逆撫でした上で貴方の物語なんだと言われてもドメスティック・バイオレンスだ。 暴力ふっておきながら、あなたの物語だよ。 ハッピーエンドでしょと言われても精神的苦痛は癒えることはない。 だが、これは『天気の子』と同じ手法でもある。 『天気の子』も、『君の名は。 』で散々気持ち悪いと叩いてきた映画ファンに対して、納期さえ守ればなんでもできる名声と権力でもって意地悪な街・東京を沈没させてから帆高と陽菜が結ばれてハッピーエンドという自己中心の極みをもってくる厭らしさがありました。 本作も、形式上魔王を倒し、世界は平和になりましたというオチがつくものの、その前に観客の心を粉砕するディープインパクトを与える仕組みとなっている。 映画ファンに対する憎悪は、山崎貴の方が上手なので災害レベルは桁違いのものとなっている。 災害起こすなら脚本を… そんな映画ファン、ドラクエファン悶絶のクライマックスですが、折角やるならそこの脚本をしっかり練って欲しかった。 棒人間魔物は、ドラクエの世界に没入する勇者を現実に引き戻そうとするウイルスという設定だが、そもそもそれってスマホゲーム中毒になってしまった人を更生させるためのウイルスのようなもんだ。 むしろ善玉なのではないでしょうか。 ドラクエの世界に熱中し過ぎて現実に戻れなくなった人を救う救世主のように見えてしまうのです。 そこにとってつけたように相棒のスライム通称・スラりんが現れ、急に山寺宏一ボイスで語り始める。 「俺はYouの側でずっと見守っていたんだぜ。 このアンチウイルスソフトをぶちこむのだ」というのだ。 ほうほう、『』の執事描写やラストのあれを意識したんだね…ってちょっと何いっているのかわからないんだよ。 とってつけた感があまりにも強くて、蹴りをつけるのが勇者の劔でもなんでもないアンチウイルスソフトなんてあんまりです。 そうだよ。 ゲームは所詮0と1の電気信号だし、結末なんか製作者によって決められている。 虚構に過ぎないさ。 でも、その虚構がいいんじゃないか。 現実とは違った世界の住人になれる、現実は変われなくてもゲームの中なら変われる。 それがいいんじゃないか。 じゃあ百歩譲って、あのエンディングを肯定するにしても、全てがとってつけたようで中途半端に見える。 なんだったら、リュカが走って現実世界に戻り、退屈で陰鬱とした現実世界を勇者として駆け抜けていく 『幕末太陽傳』の幻のラスト的な展開をもっていった方がまだ《Your Story》に魂揺さぶられるものを感じたのですが、結局仮想世界にしがみつくことを選んだ。 山崎貴はゲーム好きなの? 嫌いなの? そもそもこのテーマについて考える気ないでしょと思ってしまうのだ。 山崎貴はドラクエ愛すらすっ飛ばしてゲームに対してもラブレスな態度で決着をつけてしまったのです。 ドラクエに思い入れのないブンブンですら精神が灰になるまで燃えて燃えて燃え尽きる思いをし、目の前が真っ暗になりました。 これだったら苦手監督の福田雄一の『勇者ヨシヒコ』シリーズを観ていた方が良かったし、アフリカ・マリで作られた実写版ドラクエ的映画『ひかり』を観たかった。 ここ数年で最大威力のテロに発狂したブンブンでした。 そして山崎貴監督にお願いです。 『MOTHER』を映画化しようなんて考えないでください。 広告代理店や映画会社からお願いされても断ってください。

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