伊藤 ライム。 伊藤ライムのwikipedia本名や年齢は?娘や宗教についても

丸み佐藤商店「高級・手巻寿司セット[5~6人前]」へのおすすめレビュー(お取り寄せの達人:伊藤ライムさん):おとりよせネット

伊藤 ライム

静岡市出身。 モデル、料理家としての活動を経てボーカリストの道を志す。 子育てをしながらシャンソン歌手をめざし、様々な人との出会いからステージに立ったのをきっかけにオリジナル曲や日本の叙情歌を歌い始める。 聴く人の心に深く響く歌詞とメロディーを、透明感と温かみのあるシルキーボイスで歌い、語る。 以来、日本国内はもとより、欧米やアジアでもコンサートを開催。 2011年5月にNYのカーネギーホールで開催された「日米チャリティーコンサート」に参加したのをきっかけに 各国の合唱団との繋がりを持ち、活動の場を広げている。 2012年5月、イタリアのシシリー島において、映画「ニューシネマパラダイス」の教会で開催された、日本とイタリアの文化交流のコンサートで歌い好評を博す。 またローマの日本人学校を訪問し、子供達と歌の交流の場を持つなど、次世代へのメッセージを伝え続けている。 東京のSTB139でのライブや、恵比寿ロビンズクラブでのディナーショー、横浜の重度障害者施設「朋」でのアフタヌーンコンサート出演や静岡、名古屋、京都等でもコンサートを開催。 また、毎年末恒例となったサントリーホールでの伊藤ライム「歓びの響き! 」コンサートも2013年で5回目を迎えさらに幅広い層のファンからの熱い支持を受け続けている。 魂に響く歌声は、自然と人々を引き寄せ、歓びと感動の輪を広げている。 すべて表示 閉じる 1曲まるごと収録されたCDを超える音質音源ファイルです。 <フォーマット> FLAC (Free Lossless Audio Codec) サンプリング周波数:44. 1kHz|48. 0kHz|88. 2kHz|96. 0kHz|176. 4kHz|192. 0kHz 量子化ビット数:24bit• ハイレゾ商品(FLAC)の試聴再生は、AAC形式となります。 実際の商品の音質とは異なります。 ハイレゾ商品(FLAC)はシングル(AAC)の情報量と比較し約15~35倍の情報量があり、購入からダウンロードが終了するまでには回線速度により10分~60分程度のお時間がかかる場合がございます。 ハイレゾ音質での再生にはハイレゾ対応再生ソフトやヘッドフォン・イヤホン等の再生環境が必要です。 詳しくは をご確認ください。

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東京ウーマン

伊藤 ライム

サントリー セサミンEXのCM情報 サントリーの健康食品、サプリメントのセサミンEXのCMです。 ゴマの希少成分であるセサミンを配合し、若々しさを維持するそうです。 そのセサミンという成分がどうやって若々しさに結びつくかは、私は医療関係者でもなんでもないので言及は避けておきます。 出演者 さて、 メインの出演者は伊藤ライムさん。 CMでも表記されていますが、撮影時点で昭和39年生まれの54歳だそうです。 セサミンのおかげなのか、大変若々しいですね。 伊藤ライムさんは、モデルから始まり、料理研究家、シャンソン歌手とマルチな才能で活躍をされている方です。 もうお一方は、 俳優の上川隆也さん。 こちらもCMでも表記されていますが、撮影時点で昭和40年生まれの54歳です。 とても50代には見えません。 上川隆也さんはテレビ朝日の遺留捜査や、TBSのノーサイドゲームなど、ここで説明するまでもなく数多くのドラマや舞台等で活躍されています。 ぐるナイの「ゴチになります」でもレギュラーで出演されていましたので、そちらでなじみのある方も多いかと思います。 サントリー セサミンEXのCMの内容、セリフ 姿見の鏡の前で、お出かけのファッションをチェックする伊藤ライムさん。 白パンツに白地に青のボーダーシャツ、青と白のスカーフという非常にさわやかなコーディネートです。 そして、振り返り、後ろにいる息子に話しかけます。 伊藤「ねぇねぇ、若作り?」 体をくねっとさせて、コーディネートを披露です。 息子「俺は、好きだけど。 」 ソファーでゲームをしている息子が返答します。 ちなみに息子は17歳。 伊藤ライムさんは、「やった」という感じで喜びます。 そして、お出かけへ。 道の向こう側からは同級生の姿が。 伊藤ライム「え?上川君。 」 なんと、上川さんも白パンツに白地に青のボーダーシャツと、ほぼ同じファッションです。 そして、上川さんも気づいたようです。 上川隆也「あっ、伊藤さん。 」 ここから最後は商品説明。 今日のスマホで。 」 (今日の朝刊でとかではないんですね。 ) スマホに無料お試しの画面が表示され、CMは終了です。 息子や上川さんとの関係に違和感が このCMでは、 セサミンで若々しくというコンセプトに、キャストや服装などのイメージはマッチしているかと思います。 ただ、人物の関係性についていえば、違和感がかなりあります。 まず、息子に「ねぇねぇ、(この格好って)若作り?」と聞くシーン。 思春期は過ぎていると思いますが、17歳の息子に言うのはどうなんでしょう。 しかも、聞き方がまるで彼氏にでも聞くような感じ。 「私ってかわいくないよね」という問いに「そんなことないよ、かわいいよ」と言ってほしい彼女と彼氏のやりとりみたいです。 息子も息子で「そんなことないよ」とでも答えるのかと思えば、まさかの「俺は、好きだけど。 」という返答。 設定は違いますが、アマゾンのアレクサのCMでの母と息子のように、ただならぬ関係を感じてしまいます。 そして、もう一点は同級生という設定の上川隆也さんと会う時。 あんなにおしゃれを気にしていたのは、上川さんを意識していたからなのでしょうか。 あくまでCMの中での話なので、他の家族構成などは分かりませんが、まるでこれから不倫でもしようとしているかのようにも見えます。 確かに上川さんは若々しく清潔感もあり、非常に魅力的ではありますが・・・。 それにしても、服装まで上下ともにかぶるのは、もはや運命でしょうか。 商品と言うより、その裏に秘められたストーリー、関係性を邪推してしまうCMでした。

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伊藤ライムの楽曲一覧

伊藤 ライム

その憧れの座をさっと捨てて、フランス料理の勉強にパリに行ったかと思えば、帰国後、即結婚。 そして、二人のお嬢様の育児とモデル業の両立。 その上、シャンソン歌手として、日本はもちろん、イタリアまで歌いに行く…。 細いからだのどこにそんなパワーがあるのかを、お聞きして参りました。 18歳の頃から自立してモデルをなさって大活躍していらっしゃいました。 お料理の勉強のためにパリに行かれたのは結婚後ですか? 伊藤ライムさん(以下 ライムさん):結婚前なんです。 24歳くらいで、今までがんばってきてちょっとモードを変えたいなぁと思ったときに、ぽーんと行ったんです。 行くと決まる1ヶ月前くらいに主人と知り合って、おつき会いしようと決めた直前には、パリ行きがすでに決まったので、申し訳ないのですが、蛇の生殺し状態で(笑)。 超遠距離恋愛。 戻ってきて勢いに任せて結婚しました。 25歳のときです。 パリから戻ってきたら、住むところも解約していてなかったので、彼のアパートに滑り込んで、そのまま結婚。 よく言えば大きな流れに乗ったといえるし、平たく言えば成り行き婚・・・(笑)。 二人とも女の子です。 たいへんというか面白くて楽しいというのが実感です。 自分の好きなことをすごく優雅になさっているような感じを受けて、ますます憧れてしまうのですが。 ライムさん:そうですね。 楽しいなと思ったことをやる、でも失敗したら全部自分の責任というのはもう18歳でモデルを始めたときからのスタンスなんです。 たとえばずっとモデルをやってきて、モデルをやめて料理学校に行ったときもそう。 それがなんだかうまくつながって、結婚して妊娠・出産のときも、ピーアンドという子育て雑誌のモデルにお声がけいただいたのですけど、モデルだけじゃなくてプレママのための栄養を考えたレシピを誌上で発表したり。 自分の経験をもとにつわりのときに食べやすい料理とか、鉄分を補給しやすいお料理とかを紹介したんですね。 料理学校で勉強したことと自分の妊娠・出産という経験の双方を、発表できる機会に恵まれたんですね。 自分が今経験できていることは何でもラッキーと考えるようにしているんです。 だからつわりも楽しめたし、幸運なことに半年遅れの妊婦さんに教えてあげるような企画に携わることができたんですもの。 やってることが、遊びなのか、仕事なのか、日常なのか、よくわからない分野で仕事をしてきたと言えますね。 ここで何かをやめるとか、リセットするとかなく、 流れにまかせて来たと言うのが実感です。 ライムさん:ファッションを10代からやってきて、パリに対して特別な思いがあったんですね。 素敵なお洋服はパリ発だったり、おいしいと思える料理はフランス料理に多かったり。 フラワーアレンジメントひとつをとっても「このリボン素敵!」と思うと、メイドインフランスだったりするわけです。 食文化にしてもファッションにしても音楽にしても、パリのものってすごく好きだったんです。 だからパリにはいつか行きたいと思っていたんです。 モデルをやっていましたから一番いいのは、パリコレのモデルとして行ければよかったのですが、私は身長が低いし、ガタイもよくないし、童顔だったので、お仕事という意味では通用しないというのはわかっていました。 でもなんかパリには行きたかったんですね。 だから料理かな?と思って。 料理かな?って、それで、ル・コルドンブルー!? ライムさん:そうなんです。 好きな料理を学びながら、大好きなパリに住もうという、ちょっと邪な(笑)考えで。 授業料さえ払えば、言葉ができなくても受け付けてくれたんです。 他にも学校はあったんですが、条件が厳しいところも多くて、結局ル・コルドンブルーを選びました。 ライムさん:肉体労働とホラー(笑)。 朝行くと、「今日はにわとりです」と材料が黒板に書かれていて、台に、頭のついたほんのちょっぴりだけ羽がむしってある〆たてのにわとりが載っているんですね。 首を切って、お尻から内臓を取り出して、羽をむしるところから料理が始まるんです。 ライムさん:飼育係をしていた私としては、いたたまれなかったですね。 気持ち悪いなんて言ってられませんね。 ライムさん:そう。 気持ち悪がっても進まないので、そこは割り切って、 命をいただいているんだという気持ちで料理に励みました。 美味しくしてあげるのが供養だと。 優雅に泡立てて、盛り付けてなんて、日本の料理学校を連想したら随分違っていてちょっとびっくりしましたね。 驚きました。 向こうは、グループで作るのではなく、全て一人で作るんですね。 与えられた材料の課題があり、レシピをみながら食材が置いてあるブースから材料を選んで調理して、5つの作品を作り盛り付けて全て終わったら、先生のシェフに味をみてもらい点数をつけていただくんです。 誰も助けてくれない。 ライムさん:そうそう。 そうなんです。 きゃーとか言っている場合じゃない。 胎が座りましたね。 50万円くらいは前納していたので、それをドブに捨てて帰るわけには行かなかったんです(笑)。 1年まあ、よくがんばりました。 ただ、作ったものは毎日持ち帰れたんですね。 一人では食べきれないので、パリのアパートにパリコレに来ていた日本人のモデル仲間とかが料理目当てで集まってきて、ちょっとしたアジトみたいな感じで楽しくわいわいやっていましたね。 情報交換したり、トランプをしたり。 今思うと、その頃は本当にみんな若くて夢や希望のオーラが出ていて楽しかったですね。 私自身もすごく輝いていたと思います。 日本にできた同じ名前を冠せた料理学校に通っても、同じ体験はできなかったと思いますね。 その頃とっても貧乏で、唯一の音源が、モデルの友達がパリコレが終わって置いて行ってくれたラジオだったんです。 FMがお気に入りだったんですけど、世界中の音楽がパリナイズされて聞こえるんです。 「ミシェル・ジャクソン」って紹介されて、何だろう?と思うと、スリラーが流れたり。 パリに住んで、パリナイズされた、パリというフィルターを通した音楽体験がすごく自分に蓄積されたんです。 そのときは音楽を自分でもやろうなんてまったく思わなかったんですけど。 ただ子供が生まれて、「ああ、子育てが終わってから音楽をやるのでは遅いな」と感じたんですね。 子供が育つには10年かかるし、そうすると40歳代になっちゃうし。 恥ずかしがっている場合じゃないな、今やらなくちゃって思って。 だから子供を産んでからですね。 勉強を始めたのは。 ライムさん:そうです。 来年はこうしようとか決めてやるのではなくて、 楽しいことをやろうというのがモットーなんです。 楽しいってものすごいパワーになるじゃないですか。 気持ちに乗るとか、勢いに乗るとか、流れに乗るとか、そういうことを大事にしていると、 気がつくと点が線になっていたという気がします。 ライムさん:いいのか悪いのかわからないのですが。 働いている方たちは、子供が生まれたらどうなるんだろうとか、生活はどうなってしまうんだろうとか、不安な部分も多いと思う。 でも逆に子供が生まれたからふっきれたり、シフトがチェンジできたり、思いっきり自分のやりたいことに挑戦しようというパワーが生まれたり、いいこともいっぱいあると思うんです。 私自身そうでしたから。 現実的には、一回仕事をやめちゃうとコンビ二のレジからまた再スタートしないといけないなんてこともありますよね。 でも、子育て中に、充電しながら、何か自分のもっとも楽しいと思えることについて小さな種を蒔いておくのは本当に重要だと思います。 歌の勉強というのは具体的にどのようになさったんですか? ライムさん:まずシャンソン協会に電話して。 さすがにこれだけの方でいらっしゃるので、ライムさんのお仕事の関係の方なんかのつてでシャンソン界の大御所に習われたのかと・・・。 ライムさん:いえいえ。 それこそタウンページでシャンソン協会を探して、「シャンソンを教えてくれる人を紹介してください」と電話したら、何人か教えてくださって。 それを順番に電話をかけたんです。 ほとんど留守電で、ようやくかかったのが今、習っている堀内環先生。 あとからわかったんですが、私が一番大好きで憧れているシャンソン歌手の方の師匠でもあったんです。 ぜひ弟子入りしたいんですけど、と言ったら、「何月何日、いらっしゃい」と。 まるで、くもんの教室を探すような感じですね。 でも、パワーがあるんですね。 やりたいなぁと思っていてそのままの人と、思った瞬間にタウンページを開いているライムさん。 すごく大きい差があるような気がします。 ライムさん:実際に習ってみると、堀内先生ももちろん素晴らしい方なのですが、堀内先生に習っている先輩方も錚々たる方々で。 「一緒にステージに出てみない?出るからにはボイストレーニング受けてね」などと声をかけてくれたり、実際にボイストレーナーの先生を紹介してくださったりしました。 ライムさん:そうですね。 でもその最中はなかなか上手く歌えなくて ふとんをかぶって泣いたりしましたよ。 今、思えば、モデルのときも現場に行ったらウォークを上手に歩けないのは私だけで、居残りで音響さんが特別に音楽をかけてくださるなかで、ウォーキングの勉強をして、泣きながら帰ったりしました。 現場の叩き上げと言ったらあれですが、 できないまま、叱られながら、現場を渡り歩くような毎日だったんですね。 周りにはよくしていただいたなって実感があります。 モデルをやるために田舎からでてきて、「ここでメークして」と言われた部屋に入ったら、村上里佳子ちゃんとか今井美樹ちゃんとかがメークをしていて、わけも分からぬままメークしたら、「うーん、これからだんだんと、ね」と言われたり。 シャンソンでもモデルでも、一番できないところから仕事をしてきているんで、今でも、恥ずかしいとかあまりないんですね。 ライムさん:できたらラッキーだなくらいで。 それについてはどう思われますか? ライムさん:うーん、そうですね。 わたしが周りから「やるな」と言われたら、やらなかったと思う。 でもその分、溜めてたと思いますね。 ストレスを。 ライムさん:やりたいことがあるのに、子供のために犠牲になるとか、夫のために犠牲になるとかしていると、その人は、必ずしもいい波動を出さないと思うんです。 悶々とするくらいなら、「ご飯はきちんと作りますから」「家事の迷惑はかけませんから」と、きちんとお話して、自分のやりたいことへの理解を求めて、歩み寄ると思います。 ライムさん:旦那さんもいつもニコニコしている奥さんを見るほうが幸せだと思うんですね。 輝いているお母さんのほうが好きですよね。 ところで、人前で歌い始めたのは、おいくつぐらいのときでしたか? ライムさん:習い始めて5年くらいだったので、32歳のときでしたか。 シャンソンは息が長いので、まだまだ新人なんですよ。 楽屋では靴をそろえたりしています。 今回のテーマはなんですか? ライムさん:わたしも40代になって思うんですけど、お友達とか、 いつまでも綺麗な人と、 生活が大変なのかなと思わせる人と差が出てきて。 若い頃は、幸・不幸の差が顔に出なかったけれど、この年代になると、何かにときめいていたり、好きなものを持っている人と、そうでない人の差が如実に出てくるんですよ。 恋するようなものを持っている人は、年齢・性別問わず、魅力的だなって。 だから今回のライブでは、日常では忘れがちのときめきとかを取り戻していただけるような曲を選曲しています。 私も来年40歳なので耳が痛いです。 いつもお会いするたびに思うんですが、やっぱりお化粧とか本当に綺麗にしていらして、オーラがまったく違いますよね。 失礼ですが、クオーターでいらっしゃるんですか? ライムさん:いえいえ。 純粋な日本人です。 どうして同じ日本人でこんなに差が出るのでしょうか?私も40代でキラキラしているというのは憧れですね。 30代での過ごし方も重要だと思うのですが、どうしても女性の場合、外的要因が左右する部分が多いと思うんですね。 旦那さんの転勤とか、出産とか、自分ではどうにもならないような要素が、多かれ少なかれ入ってくると思うんです。 だけど、40代になると、自分の心持ちの違いですごく差が出てくると思うんです。 ライムさんがおっしゃっているように、すごく心が弾んでいる人と、そうでない人と。 ライムさん:目指す道がある人はキラキラしていますね。 旦那さんのためにとか、子供がいい学校に行けばそれでいいの、というような裏方で満足すると言うのももちろんいいと思うのですが、その人の才能や能力を活かさないような生き方は、もったいない気がしますね。 そのときに、たまたまサルデーニャ政府観光局(イタリア)の方がいらしていて、「イタリアでライブしませんか?」とお声がけくださったんですね。 最初、だまされているんじゃないかと思ったんですけど(笑)、 イタリアに行けるんだったらだまされてもいいやと、いつものごとく、流れに乗って。 あまり深く考えないんですよね。 まわりも「いいじゃん、いいじゃん、ラッキー、ラッキー」って煽てるので。 その自然体。 ライムさん:歌い手さんなんかたくさんいるのに、私を選んでくれたというのもすごくうれしかったし。 こういう風に声をかけていただけると、「もっと歌を上手くなろう」「もっと綺麗になろう」というモチベーションが出てきて、調子に乗っちゃうんです。 イタリア、わたしも大好きなんですよ。 旦那と引退したら「一緒にイタリア都市めぐりをしようね」と言っているくらいです。 ライムさん:今回のシステムは観光局の人がその町に「こういう人が歌いに来るので、スポンサーになりませんか」と募ってくれるんですね。 日本のように制作費をぼんとくれるのではなく、羊飼い組合はホールを借りましょう、機織組合はちらしを作りましょう、ワイン組合は音響照明を、という具合で全部分担制なんですね。 お金は私たちいただかないんですが、気持ちで協賛してくださるんですね。 公演が終わると、自治組合の山の上のお宅にお邪魔して、お食事をご馳走になって文化交流。 普通のツアーとはまったく違ったイタリアを経験できたんです。 歌うことでこんなにしていただけたというのが、感動しましたね。 イタリアの歌も歌いましたよ。 来年もまた3月に予定していますから、ぜひいらしてください。 ライムさん: 楽しいこと、豊かなこと、美しいことが好きなんだろうと思うんですね。 これからも、一つ一つももちろんですが、全体的なライフスタイルを提案していければいいなと、思っているんです。 お金をかけなくても豊かさって実現できると思うんですよ。 日本人は古来から、春に桜を、秋に紅葉を、季節ごとに見るだけで幸せになってきたわけじゃないですか。 美しいものを愛して、それを楽しめば、とっても豊かになれる。 そう思うんですよ。 「好きなことをしているうちにここに来てしまいました」とふわっとした笑顔でおっしゃるライムさん。 18歳から自立して、自分のやりたいことに常に挑戦し続けてきた結果、できることの領域がどんどん広くなったライムさんだからこその、自然体なんだろうと思います。 一朝一夕の自然体ではないぞと、つくづく思いました。 インタビュー中、淹れていただいたハイビスカスのお茶がものすごくおいしかったことも印象的でした。 (村山) 伊藤ライムさんの11月のライブの予定です。 ・専業主婦の私が20代で社長に!by津田実穂•

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