むらやまゆか。 【2019年】村山由佳おすすめの本ランキングTOP7

村山由佳が2度目の離婚を告白!原因は浮気、金、それとも村山の「強い性欲」? (2014年12月1日)

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村山由佳「ダブル・ファンタジー」がおすすめの理由 どうしちゃったのムラヤマさん、と驚くくらいこれまで読んだ村山由佳さんの作品とは色の違う、生々しくて荒々しい愛の形を描かれている作品です。 出てくる表現・描写はすごく生々しくて、官能小説を読み慣れていない私からするとドキドキしてしまうシーンも盛りだくさんで、初回に読んだときはかなり衝撃的でした。 それでも不思議なことに、村山由佳さんが描くと、生々しい表現も荒々しい描写も、ただのヤラシさというふうにはならないんです。 こういう愛の形もあるのだなぁ、でも自分にはこんなに激しい愛憎みたいなのは無理だなぁと思う反面、これくらいじっくりじとじと人を愛してみたいというのは、人間誰しもが奥底には持っている感情なのかもとも思いました。 わたしと同じように深い愛をまだ経験したことがない方や、今現在苦しいほどの恋愛をしている方に読んでみてほしいです。 第6位. 村山由佳「星々の舟」 村山由佳「星々の舟」がおすすめの理由 家族の物語なのですが、その中に兄妹の禁断の恋、親と子どもの間のすれ違い、それに伴う恋愛観人生観の違い、また父が心の奥底にしまっている戦争での心の傷など、それぞれのエピソードだけでも読み応えがあります。 また、何度も読み込んでいくと、それぞれのエピソードが複雑に絡み合っていて、背景に家族の絆やつながりを感じられる作品です。 大人になると個々に生活もあり、大切にするものも譲れないものも昔とは変化していくものだと思いますが、そういったものを取捨選択していく理由の根っこのところには、やっぱり家族があるものなのだあらためて思わせてくれます。 あとがきで村山由佳さんが『星々の舟は戦争小説などではない』と語っていらっしゃるが、戦争を教科書でしか知らない世代であるわたしは、戦争は歴史上の出来事ではなく人々の日常にあったものなのだと考えさせられたので、若い世代にこそこの本を読んで欲しいです。 第5位. 村山由佳「翼 cry for the moon」 村山由佳「翼 cry for the moon」がおすすめの理由 『cry for the moon』という言葉の意味を、この本を読んで始めて知りました。 『ないものねだり』。 日本語にも素敵な表現はたくさんありますが、教科書的には習わない英語の中にも、こんな素敵な表現があるんだなぁと思いました。 お前は疫病神だと刷り込まれて育ち、大人になってもその呪縛から離れられずに自分は人を不幸にすると思いながら生きていた主人公が、ひとりの男性から本物の愛を受け取って変わっていく物語です。 変わっていくというのは、自分を見つめ直すとか自己肯定感を得るとかそういう偉そうなことではなくて、自分が自分で存在していていいんだ、というある意味当たり前のことをこの主人公はものすごく苦しみながら学んでいきます。 繰り返される毎日を当たり前と思ってしまっている人(わたし含め)に読んでほしい本です。 ただ、かなり感情を大きく揺さぶられるので、読み切るにはそれなりのパワーが必要です。 第4位. 村山由佳「ヘヴンリー・ブルー」 村山由佳「ヘヴンリー・ブルー」がおすすめの理由 天使の卵、天使の梯子、天使の柩という『天使シリーズ』のアナザーストーリーなのですが、ちょうどこの頃に天使の卵を映画でやっていて、小説の世界感を崩すことなく表現してくれたなぁと思ったのを覚えています。 『天使シリーズ』ももちろん切なくてとても素敵な小説なのですが、このヘヴンリー・ブルーは『天使シリーズ』に比べて登場人物が人間臭くて、感情移入して心が痛くて泣きそうになるような本でした。 また、本のあとがきに村山由佳さんの日記が差し込まれているんです。 かなりプライベートなことまで突っ込んで書いておられるのですが、ムラヤマさんでもこんなふうに気持ちに波風が立つのだなぁとか、ムラヤマさんはなんて日々を大切に生きる人なのだろうとか、村山由佳さんという人を、好きな作家さんというところを超えて、人間的にさらに好きになりました。 第3位. 村山由佳「すべての雲は銀の・・・(上)(下)」 村山由佳「すべての雲は銀の・・・(上)(下)」がおすすめの理由 あまり良い捉え方ではないかもしれませんが、この小説に出てくる登場人物は、それぞれ心に過去の傷を抱えてたり、現在進行形で辛い思いをしている人が多いので、日常生活で心が疲れているときに読むと妙に励まされる本です。 実の兄に恋人を取られて、自分には体を許さなかったその恋人があっという間に兄の子どもを身ごもって結婚とか。 永遠の別れになるなんて思わずに、憎まれ口を叩いて送り出した最愛の人が外国で亡くなってしまうとか。 我が子可愛さと自分可愛さのバランスがうまくとれなくて、我が子の愛し方を間違って子どもを追い詰めちゃう母親とか。 派手さも劇的な展開はないですが、現実にこんな辛いことってあるのか、じゃあわたしも頑張ろうかなと思わせてくれるほっこり系の本です。 ちょっと心が疲れちゃったな、と思う人によんで欲しいです。 第2位. 村山由佳「野生の風 WILD WIND」 村山由佳「野生の風 WILD WIND」がおすすめの理由 登場人物に藤代一馬という写真家が出てくるのですが、彼は野生動物を撮影するのを仕事にしていて、主人公から職業を問われたときに『命を撮っている』と表現するんです。 『動物を撮っている』ではなく『命』。 また主人公の飛鳥は草木染めの染織職人なのですが、こちらも『草木の命をもらい受けて染める』と表現するんです。 物語じたいは、飛鳥と藤代一馬が旅先のドイツで偶然(運命的に?)出逢って、もうひとりの女性を交えた切ない恋愛ストーリーを主軸に進行していくのですが、読み進めていくうちに、こんな愛し方があるのかぁといううらやましさと半面もどかしさを感じてしまいました。 また、モノがあふれている現代で、『命』について深く想ったり、植物から季節を敏感に感じ取ったり、必要以上のモノを欲しがらない感覚だったりという部分を考えさせてくれたので、この本をおすすめしたいです。 第1位. 村山由佳「おいしいコーヒーのいれ方X 夢のあとさき」 村山由佳「おいしいコーヒーのいれ方X 夢のあとさき」がおすすめの理由 『おいしいコーヒーのいれ方シリーズ』第一シーズンの最終巻です。 『おいしいコーヒーのいれ方シリーズ』は、いとこである和泉勝利と花村かれんが、かれんの弟の丈と3人、親の都合で一緒に住むようになるところから、勝利とかれんが想い合うようになっていく、切なくてキュンキュンしてしまう物語です。 数あるシリーズ作の中でもこの巻は、勝利とかれんが遂に遂に結ばれるシーンが描かれているので、特別なのです。 若いときの恋愛って、とにかくいつでもどこでもなにかしら繋がっていたい、声を聞いたりメールをしたり、自分と一緒に居なかったときの相手のことは全部知りたかったり。 そういう甘酸っぱい気持ちを、現在進行形で持っている人はすごく共感できると思いますし、過去に想い出のある人は思い出して気持ちが若返ると思います(笑)。 シリーズのどの巻から読み始めても内容に入れるようにはなっていますが、できれば『I・キスまでの距離』から読み進めていただき、この『X・夢のあとさき』にたどり付いてほしいと思います。

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村山由佳

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04 父親と母親 2019年10月11日更新 南房総 みなみぼうそう の実家に滞在した残りの日々、私たちは毎日、ふだんは誰もいない実家のあちこちを片付けては掃除し、水拭きをし、窓を開け放って風を通した。 母が施設に入って以来ひとりで暮らしていた父は、私たちが思う以上に目も耳も手足も衰えていたのだろう。 溜まりに溜まって放置されていた汚れは、ちょっとやそっと雑巾掛けをしたところで簡単には落ちなかったけれど、不要なものを一つずつ処分し、大事に取っておきたいものを整理して並べ、父が定年直後の二年をかけて分厚い一枚板に彫った『最後の 晩餐 ばんさん 』を磨いたりなどしているうちに、家の中に漂う空気は徐々に 清 すが しくなっていった。 幸い、お天気には恵まれていた。 桜のつぼみが日に日にふくらみ、布団や洗濯ものはさっぱりとよく乾く。 背の君が家の周りの草刈りをする間、相変わらず風邪気味の私はパソコンに向かって書きものをし、洗濯機がピーピー音をたてれば立っていって、洗いあがったシーツやタオルや作業着を干した。 そうして毎日、午後には二人して母に会いに行った。 もう何度目かでしみじみ思う。 背の君がいてくれて助かった。 一昨年、父を訪ねてみたら床に倒れて亡くなっていたあの時も、去年、愛猫の〈もみじ〉を闘病の末に 看取 みと ることとなった十ヶ月間も、彼がそばで支えてくれなかったら自分はどうなっていたかわからないと何度も思ったものだけれど、今回は、そういう心強さともまたちょっと異なるありがたさだった。 だってふつうは、と思ってみる。 親との別れがもうすぐそこに迫っているとわかっている時、ふつうは、もっと悲しい気持ちになるものなんじゃないだろうか。 ふつうの娘なら、母親との限りある時間を惜しむ気持ちになるんじゃないだろうか。 いま人生を終えようとしているのが父であったなら、私だってきっとそうなっていたはずだ。 でも、いかんせん、母親に対しては何も感じないのだ。 恨みも、憎しみも、恐怖も、もうほとんど残っていないはずなのに、人生の最晩年にある母の顔を見てもさっぱり感情が動かない。 ここ一年ほどでようやく、笑っている彼女を〈かわいい〉と思える瞬間がほんの何度かあった。 それだって、娘である私をまったく覚えていない母が、どこかよそのおばあちゃんみたいだったおかげであって、母が母のままだったならあり得ないことだ。 施設に会いに行けば、優しくせざるを得ない。 隣に座って言葉をかけたり、食事の介助をしたりしながらもやっぱり気持ちは動かなくて、そのぶん、自分の中の偽善と向き合わなくてはならない。 子どもの頃からどうしても気持ち悪くてさわれなかった母の入れ歯に、今でもやっぱりさわれない自分。 シミと 皺 しわ だらけの手や顔に触れる寸前、ぐっ、と腹に力をためて何かを飛び越さなくてはならない自分。 そうしていちいち思いきって手を握り、薄くて冷たい皮膚をおそるおそる撫でたりしながら、思うのだ。 (さて……どうしたもんかなあ) 心境を表す言葉としては、それがいちばん近い。 現実的な責任の所在はともかく感情の上では、何もかもがひとごとみたいな感じだった。 そんなふうだったから、もし私ひとりで実家に滞在していたとしたら、こんなに頻繁に母の顔を見に行くことはしなかったと思う。 「こっちにおる時ぐらい毎日会いに行ったろや」 と、背の君がしごくもっともなことを言って私を引っぱって行ってくれなかったら、一週間の滞在の間に、たぶん最初と最後の二回くらいしか施設を訪れなかったんじゃないか。 「いや、それもようわかるねん。 俺もおんなじやったからな」 と彼は言うのだった。 ちょうど私と母の間にあったような感情の行き違いが、彼と父親の間にもかつてあった。 父親が長く入院していた間、弟や娘を車に乗せて連れて行くことはしても、自分自身は一度も見舞わなかったらしい。 あのとき何をおいても行くべきだった、と、彼が言うのを聞いたことはないし、たぶん今だってそんなふうには思っていないだろうけれど、だからといって後悔が少しもないわけではない。 ちなみにその、彼の父親であるヤスオというのが、私の母であるキミコの、年の離れた末弟にあたる。 顔も性格もよく似た二人だが、不思議なことに、私は、叔父である〈ヤスオにいちゃん〉からめっぽう愛してもらった記憶しかないし、背の君もまた〈キミコおばちゃん〉には可愛がられた思い出しかないという。 自身の子どもだと上手く愛せないところまで含めて、似たもの 姉弟 きようだい だった。 「親父がまだ生きとって、おばちゃんもハッキリしとったら、俺ら、こういうことにはなられへんかったかも知れんなあ」 今でもお互いの間でよく話題にのぼるのがそれだ。 私たち 従姉弟 いとこ 同士が一緒に暮らすのを、いちばん血の濃いあの二人は決して許してくれなかったに違いない。 残りの親戚はといえば、うちの父親や兄貴や、彼の母親や娘をはじめ、誰もかれも最初は驚き呆れたものの、それでもまあなし崩しといった感じで受け容れてくれた。 数年前までなら信じられないくらい頻繁に親戚同士が行き来するようになっている現状を、今では喜んでくれてもいるようだ。 南房総 千倉 ちくら の実家に一週間滞在し、 「次は五月のゴールデンウィークに来るからな、それまで元気でおりや。 ええな、ほんま頼むで」 キミコさんにそう言い含めて出発した私と背の君は、 軽井沢 かるいざわ の家へはまっすぐ帰らず、東京と神奈川の 境 さか い目あたりに住んでいる我が兄夫婦の家に立ち寄ったのだった。 とある頼みごとをするために。

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ありふれた祈り おいしいコーヒーのいれ方 Second Season IX (集英社文庫)

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04 父親と母親 2019年10月11日更新 南房総 みなみぼうそう の実家に滞在した残りの日々、私たちは毎日、ふだんは誰もいない実家のあちこちを片付けては掃除し、水拭きをし、窓を開け放って風を通した。 母が施設に入って以来ひとりで暮らしていた父は、私たちが思う以上に目も耳も手足も衰えていたのだろう。 溜まりに溜まって放置されていた汚れは、ちょっとやそっと雑巾掛けをしたところで簡単には落ちなかったけれど、不要なものを一つずつ処分し、大事に取っておきたいものを整理して並べ、父が定年直後の二年をかけて分厚い一枚板に彫った『最後の 晩餐 ばんさん 』を磨いたりなどしているうちに、家の中に漂う空気は徐々に 清 すが しくなっていった。 幸い、お天気には恵まれていた。 桜のつぼみが日に日にふくらみ、布団や洗濯ものはさっぱりとよく乾く。 背の君が家の周りの草刈りをする間、相変わらず風邪気味の私はパソコンに向かって書きものをし、洗濯機がピーピー音をたてれば立っていって、洗いあがったシーツやタオルや作業着を干した。 そうして毎日、午後には二人して母に会いに行った。 もう何度目かでしみじみ思う。 背の君がいてくれて助かった。 一昨年、父を訪ねてみたら床に倒れて亡くなっていたあの時も、去年、愛猫の〈もみじ〉を闘病の末に 看取 みと ることとなった十ヶ月間も、彼がそばで支えてくれなかったら自分はどうなっていたかわからないと何度も思ったものだけれど、今回は、そういう心強さともまたちょっと異なるありがたさだった。 だってふつうは、と思ってみる。 親との別れがもうすぐそこに迫っているとわかっている時、ふつうは、もっと悲しい気持ちになるものなんじゃないだろうか。 ふつうの娘なら、母親との限りある時間を惜しむ気持ちになるんじゃないだろうか。 いま人生を終えようとしているのが父であったなら、私だってきっとそうなっていたはずだ。 でも、いかんせん、母親に対しては何も感じないのだ。 恨みも、憎しみも、恐怖も、もうほとんど残っていないはずなのに、人生の最晩年にある母の顔を見てもさっぱり感情が動かない。 ここ一年ほどでようやく、笑っている彼女を〈かわいい〉と思える瞬間がほんの何度かあった。 それだって、娘である私をまったく覚えていない母が、どこかよそのおばあちゃんみたいだったおかげであって、母が母のままだったならあり得ないことだ。 施設に会いに行けば、優しくせざるを得ない。 隣に座って言葉をかけたり、食事の介助をしたりしながらもやっぱり気持ちは動かなくて、そのぶん、自分の中の偽善と向き合わなくてはならない。 子どもの頃からどうしても気持ち悪くてさわれなかった母の入れ歯に、今でもやっぱりさわれない自分。 シミと 皺 しわ だらけの手や顔に触れる寸前、ぐっ、と腹に力をためて何かを飛び越さなくてはならない自分。 そうしていちいち思いきって手を握り、薄くて冷たい皮膚をおそるおそる撫でたりしながら、思うのだ。 (さて……どうしたもんかなあ) 心境を表す言葉としては、それがいちばん近い。 現実的な責任の所在はともかく感情の上では、何もかもがひとごとみたいな感じだった。 そんなふうだったから、もし私ひとりで実家に滞在していたとしたら、こんなに頻繁に母の顔を見に行くことはしなかったと思う。 「こっちにおる時ぐらい毎日会いに行ったろや」 と、背の君がしごくもっともなことを言って私を引っぱって行ってくれなかったら、一週間の滞在の間に、たぶん最初と最後の二回くらいしか施設を訪れなかったんじゃないか。 「いや、それもようわかるねん。 俺もおんなじやったからな」 と彼は言うのだった。 ちょうど私と母の間にあったような感情の行き違いが、彼と父親の間にもかつてあった。 父親が長く入院していた間、弟や娘を車に乗せて連れて行くことはしても、自分自身は一度も見舞わなかったらしい。 あのとき何をおいても行くべきだった、と、彼が言うのを聞いたことはないし、たぶん今だってそんなふうには思っていないだろうけれど、だからといって後悔が少しもないわけではない。 ちなみにその、彼の父親であるヤスオというのが、私の母であるキミコの、年の離れた末弟にあたる。 顔も性格もよく似た二人だが、不思議なことに、私は、叔父である〈ヤスオにいちゃん〉からめっぽう愛してもらった記憶しかないし、背の君もまた〈キミコおばちゃん〉には可愛がられた思い出しかないという。 自身の子どもだと上手く愛せないところまで含めて、似たもの 姉弟 きようだい だった。 「親父がまだ生きとって、おばちゃんもハッキリしとったら、俺ら、こういうことにはなられへんかったかも知れんなあ」 今でもお互いの間でよく話題にのぼるのがそれだ。 私たち 従姉弟 いとこ 同士が一緒に暮らすのを、いちばん血の濃いあの二人は決して許してくれなかったに違いない。 残りの親戚はといえば、うちの父親や兄貴や、彼の母親や娘をはじめ、誰もかれも最初は驚き呆れたものの、それでもまあなし崩しといった感じで受け容れてくれた。 数年前までなら信じられないくらい頻繁に親戚同士が行き来するようになっている現状を、今では喜んでくれてもいるようだ。 南房総 千倉 ちくら の実家に一週間滞在し、 「次は五月のゴールデンウィークに来るからな、それまで元気でおりや。 ええな、ほんま頼むで」 キミコさんにそう言い含めて出発した私と背の君は、 軽井沢 かるいざわ の家へはまっすぐ帰らず、東京と神奈川の 境 さか い目あたりに住んでいる我が兄夫婦の家に立ち寄ったのだった。 とある頼みごとをするために。

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