大和田獏 実家 名古屋。 大和田獏、岡江さん遺体と面会「とてもきれいな顔でした」 薬丸裕英「信じられないし、信じたくない」 (1/2ページ)

《岡江久美子さん急逝から2カ月》葬儀、納骨も目処立たず…事務所社長が語った夫・大和田獏(69)のいま

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女優でタレントの岡江久美子さんが、4月23日午前5時20分、新型ウイルス肺炎のため63歳の若さで亡くなった。 事務所の発表によると、4月3日に発熱し、4〜5日様子を見るようにと言われていたが、6日の朝に急変し、大学病院に緊急入院。 すぐにICUにて人工呼吸器を装着し、その後PCR検査で陽性が判明し、わずか2週間で帰らぬ人となった。 また、昨年末には初期の乳がんの手術をし、1月末から2月半ばまで放射線治療を行っていたようで、免疫力が低下していたことが、重症化した原因だと思われるという。 岡江さんといえば、大和田獏を夫に持ち、娘の大和田美帆がいる。 芸能界のおしどり夫婦で、その仲のよさは、たびたび報道されてきた。 2014年3月、17年半にわたり情報番組『はなまるマーケット』の司会を薬丸裕英と務めた。 17年半続いた、早朝から仕事をするという生活から一転、どのような暮らしへと変化していくのかを、『週刊女性』は夫の大和田獏に聞いている。 おふたりともいつもオシャレですよ。 これからは、おふたりで一緒にいるところも見かけることが増えるんじゃないかな」(近所の住民) 17年半も続いたレギュラー番組『はなまるマーケット』(TBS系)が終わり、その後どうしているのか気になる岡江久美子。 都内にある自宅周辺では、夫とのおしどりツーショットを楽しみにする声も聞かれるが……。 「岡江さんは、家でも『はなまる』のあのままだそうです。 仕事以外のスケジュールもバンバン入れて、じっとしていることがないらしいんですよ」(テレビ局関係者) 実際、4月3日にはフジテレビ系の新番組『バイキング』にさっそくゲスト出演。

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岡江久美子さん死去、大和田獏に聞いた“愛に忠実”自宅の庭の「レモンの木」

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「久美子が帰ってまいりました。 こんな形の帰宅は本当に残念で悔しくて悲しいです」 女優・岡江久美子さんの夫で俳優の大和田獏さんは、遺骨となって帰宅した岡江さんを胸に抱え、自宅前で報道陣にそう語った。 4月23日、新型コロナウイルス感染による肺炎のため、岡江さんはこの世を去った。 63歳だった。 3日に発熱症状が出て自宅療養をしていたが、6日に容態が急変し入院。 集中治療室(ICU)で人工呼吸器をつけての治療を続けていた。 のちにPCR検査で陽性と判明したという。 岡江さんは昨年末には初期の乳がんで手術を受けていて、1月末から2月半ばまで放射線治療を行なっていた。 そのため「免疫力が低下していたのが重症化した原因かと思われます」と所属事務所は発表している。 岡江さんのコロナウイルス感染や入院や感染はそれまで公表されておらず、突然の訃報だった。 「僕たちも全然知らなかったので、本当に大きな驚きがありました」と、芸能リポーターの石川敏男さんは言う。 「共演した人はみんな口を揃えて『素敵だ』と言うぐらい、視聴者も含めて嫌う人が本当にいない方でした。 『はなまるマーケット』は、彼女の良さが全部出ていましたね。 とにかく明るくて男性的な部分もあり、裏表がない。 乳がんの治療をされていたことも知りませんでしたし、コロナウイルスへの感染を知らせなかったのも、そういうご自分のイメージを崩したくないという気配りが最後まであったのではないでしょうか」 かつて情報番組「ワイド!スクランブル」(テレビ朝日系)で大和田獏さんと共演したことをきっかけに親しくなり、その後も獏さんや娘の大和田美帆さんと親しい交流を続けた芸能リポーターの長谷川まさ子さん。 訃報を受け、長谷川さんが大和田獏さんに連絡をしたところ、獏さんは長谷川さんに、こんなメッセージを託した。 <死を無駄にしたくない。 ものすごく怖いウイルスです。 自粛要請が出ていますが、自分のこととして考えて、自粛してください。 気をつけてください。 それが今の願い、祈りです> その日のことを、長谷川さんが次のように明かしてくれた。 「訃報に接して、『嘘!』って、それしか声が出ませんでした。 どうしようかと迷ったのですが、獏さんに電話をかけたところ、最初は出られませんでした。 それどころではなかったと思うのに、折り返しのお電話をくださり、『僕は大丈夫だから、本当に大丈夫だから』とおっしゃり、そのメッセージを託してくださいました。 私のリポーターという仕事を理解してくださった上で、連絡をしたこちらが罪悪感を抱かないよう、リポーターとして伝えるべきことを伝えるようにメッセージを託してくれたのでしょうね」 家族仲もとてもよく、笑顔やおしゃべりは常に絶えなかったと長谷川さんは語る。 「友達夫婦のようなところもあり、岡江さんはずっと『獏ちゃん』って呼んでいました。 ご家族みんなお話が大好きで、特に岡江さんは、ずっとおしゃべりが絶えず、一日中岡江さんの声が聞こえてくるようなご家庭。 美帆さんはどうしても話さないといけない時には手を上げていたこともあったそうです(笑)」 岡江さんのどんなところが大和田さんは気にいったのか、馴れ初めを長谷川さんは聞いたことがあった。 「お二人が出会った番組であるNHKの『連想ゲーム』の関係者で、大人数で食事に行ったことがあったそうです。 座敷に上がるお店だったそうなのですが、その時最後に上がる岡江さんを獏さんが見ていたら、全員の靴をきちんと揃えていたそうです。 その姿に、いい子だなと思ったそうなんですね」 家族旅行にもよく出かけていて、今年のお正月には名古屋にある大和田獏さんの実家をたずねたという。 「美帆さんのお子さん、岡江さんにとってはお孫さんも連れて、みんなで獏さんのお母さんに会いに行かれたそうなんです。 年末に乳がんの手術をされ、1月末に放射線治療を始めるまでの間の期間になりますが、それほど体調は良かったのでしょうね」 結果的に、それが最後の家族旅行となってしまった。 「コロナウイルス感染の恐ろしさを強く感じました」 と、長谷川さんは悔しさを噛みしめる。 岡江さんのお別れの会は後日、開かれる予定だという。

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大和田獏!岡江久美子となれそめは?離婚はほんと?娘が結婚?息子の名前は?

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「岡江が亡くなったときに、獏ちゃんの仕事関係者の方々には『四十九日までは休ませてください』と申し入れていたんです。 それで待っていただいていて、無事に6月20日、名古屋のレギュラー番組から復帰しました。 岡江さんの元マネージャーでもあり、40年以上一緒に仕事をしてきた関係だった。 「今もすべてを受け入れられない感じ」 4月23日に新型コロナウイルスによる肺炎で惜しまれつつ亡くなった女優のさん(享年63)。 2カ月半ぶりに東海地方の情報番組「くすぐる」(テレビ愛知)に復帰した大和田。 同番組では、「お休みをいただいて、ありがとうございました。 今日からまた、ご一緒させていただきます」と気丈に振る舞った。 「僕も獏ちゃんと直接会うのは、リモート撮影の日が2カ月ぶりくらいで、岡江が亡くなってから初めてだった。 『大変だったよね』と声を掛けると、『戸張さんのほうこそ大変だったでしょう。 でも、なんで亡くなってしまったんだろうね……』と。 今もすべてを受け入れられないといった感じでした。 それでも本人は仕事モードに切り替え始めているところで、次回の収録は名古屋のスタジオへ行く予定です」(戸張氏) 一人娘の大和田美帆(36)も6月中旬、2カ月ぶりに司会を務める「チョイス@病気になったとき」(NHK)で復帰。 一時は濃厚接触者として実家に立ち入ることも制限されていたが、6月23日に現在の父の様子について親子の写真とともにブログで次のように綴っている。 《一昨日は父の日でしたね。 父には感謝の気持ちと共に最近の母とのツーショットや家族ショットを集めたアルバムをプレゼントしましたが 嬉しい。 よりもまだまだ悲しい。 が大きい様子でした。 写真はまだ早かったかな、、。 (中略)このままだと母に叱られるだろうなぁ、、 しっかりしてよー! ぼーっとしてないでよー! 人生、楽しんでよー! 泣いてばかりいないでよー! ちゃんと仕事するのよー! 栄養あるもの食べるのよー! 早起きしてお弁当作りがんばってよー! がんばりすぎないでよー! 叱ってるようで しっかり愛してくれている言葉が母の声で今にも聞こえてきそうです》 離れた高台から見守った岡江さんの帰宅 岡江さんと長年の付き合いとなる戸張氏も、未だ最後の別れをできないでいる。 感染防止のため、岡江さんの火葬には家族も関係者も立ち会えなかった。 また、4月24日に遺骨となった岡江さんが大和田家に戻ったときも、やはり感染を避けるために遠くから見守るしかなかったという。 「火葬に立ち会えなかった獏ちゃんが出迎え、報道陣の方もたくさんいたので、私は少し離れた高台から、岡江に手を合わせることしかできませんでした。 岡江が22歳のときから一緒に仕事をしてきましたが、まさかこんな別れ方が最後になるとは考えもしませんでした。 4月3日に獏ちゃんから岡江の体調が悪いと聞いて、翌日に電話したんです。 『具合が悪いんだって?』と聞いたら岡江が『咳がちょっとね。 でも今日はだいぶよくなった。 戸張さんは大丈夫なの?』と、逆に僕のことを気遣ってくれたのが心に残っています。 僕もそんな状況だとは思わなかったので……それが最後に交わした言葉です」(戸張氏) 「お別れ会」も目処が立たず 天国へ旅立った岡江さんの葬儀すらできない状況を、娘の美帆が5月4日のブログでこう語っている。 《死顔を見ること、家族で泣き合うこと、葬儀をすること、弔問に来てくださる方に直接ご挨拶すること。 それらすべてが残された者にとって気持ちを整理する大切な儀式なのだと気づかされます。 いつか、母がお世話になった皆様とのお別れ会ができますように。 それが今の目標です》 また、日程も決まらず未定のままとなっている岡江さんの「お別れ会」について、戸張氏は次のように明かす。 「葬儀や納骨というのはまだ聞いていません。 獏ちゃんや美帆ちゃんとお別れ会を行いたいと話し合っているのですが、コロナの影響で人数制限などもあり、できる状態ではありません。 生前、親交のあった方々が参加できるしっかりしたお別れ会をすぐにでも開いてあげたい気持ちですが、今はできません。 獏ちゃんも『お別れ会をしなければいけないよね。 それができていないのが、とても悔しい』と言っていました。 それができるまでは彼もきっと心の整理がつかないんでしょう。 僕も当初は今年9月前後にはできるかなと考えていましたが、難しいですね。 しかし、たとえ1年後、2年後になっても、ケジメをつけさせてあげたい。 獏ちゃんは今年70歳になりますし、先に妻を失った毎日は大変辛いと思います。 お別れ会は岡江に対する私の最後の仕事です」(戸張氏) 獏さんには出演オファー相次ぐ 仕事を再開した大和田の元にはテレビや出版社からオファーが相次いでいる。 だが、戸張氏は「まだ岡江のことについては話せる状態ではない」という。 「確かに多くのメディアからインタビュー取材の依頼などはたくさんいただいています。 最初は僕のほうで忖度してお断りしていました。 最近、改めて本人に聞きましたが『まだできません』とのことでしたので、すべてお断りしています。 ただ、舞台の再演に出演することは決まっています。 彼も役者なので、舞台から始めたいという気持ちが強いのかもしれません」(戸張氏) 一日も早く岡江さんの命を奪ったコロナが終息し、お別れ会が無事行われる日が来ることを祈りたい。 (「文春オンライン」特集班/Webオリジナル(特集班)) 外部サイト.

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