花 に 亡霊 歌詞。 ヨルシカ『花に亡霊』歌詞から予想する世界観

ヨルシカ 花に亡霊 歌詞&動画視聴

花 に 亡霊 歌詞

ヨルシカの新曲「花に亡霊」が、6月5日公開のアニメ映画"泣きたい私は猫をかぶる"の主題歌に決定した。 "泣きたい私は猫をかぶる"は、"ペンギン・ハイウェイ"で第42回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞、ファンタジア国際映画祭 今敏賞(ベストアニメーション賞)を受賞した新進気鋭のアニメーション・スタジオ スタジオコロリド制作による長編アニメーション映画。 ヨルシカは本作が初の映画主題歌抜擢となる。 このたび公開された本予告映像では、ヨルシカが書き下ろした主題歌が映画の世界観を音楽で表現しており、映画の主人公 ムゲのまっすぐな想いをよりいっそう引き立て、物語をより深くより鮮やかに紡いでいる。 なお、今回の発表に寄せてヨルシカよりコメントも到着している。 昔から映画をよく見ます。 暇になる度に邦洋問わず鑑賞するのですが、音楽と調和した一本を見た時の感動は他には代え難いものがあります。 特に物語の個性と、音楽の個性がぶつかり合った作品に心惹かれます。 初め打ち合わせで監督の方に言われた言葉は「自由に作ってみてほしい」でした。 ヨルシカは基本的にコンセプトが軸にある音楽を出しているバンドで、話を頂いた時は新たなコンセプトアルバムを作っている最中でもありました。 僕はその言葉が嬉しくもあのりつつ、つまりは、作品という枠組みの中で支える音楽ではなく、枠組みの外で泳ぐ自由さを求められているのだと捉えました。 今回使っていただいた主題歌はヨルシカとしての作品性をそのままアウトプットしたものでもあり、この映画の創造力とぶつかり合って輝くような、独立した二作品が綺麗に調和を保っているような、そんな景色を作る音楽になっていればと、そう願っています。 映画館で鑑賞出来ることを一つの楽しみにしています。 できれば、今作は初回生産限定盤を手に取ってほしい。 音楽を辞めることを決意した青年が"エルマ"に宛てた全14曲の楽曲に加えて、オスカー・ワイルド、ヘンリー・ダーガー、松尾芭蕉ら、偉大な芸術家たちの言葉を引き合いに出して綴られる"手紙"が今作への理解を深めてくれる。 "音楽を辞めた"というセンセーショナルなモチーフをテーマにすることで、コンポーザー n-bunaが抱く思想や哲学を徹底的に炙り出し、ひいては"音楽をやる理由"が浮き彫りになる構造が秀逸。 (秦 理絵) ヨルシカの新しいミニ・アルバムのタイトルが"負け犬にアンコールはいらない"だと知って驚いた。 めちゃくちゃエモいじゃないか。 前作ミニ・アルバム『夏草が邪魔をする』では、ソングライティングを手掛けるn-buna(ナブナ)が自身の死生観を色濃く反映させた切ない夏物語を描いたが、あれから約1年を経てリリースされる今作は、同じ夏の匂いを継承しながらも、"どこかの誰かの物語"とは一蹴できないリアルが滲む。 "もう一生、後悔したくない僕らは吠えたい"と歌う表題曲「負け犬にアンコールはいらない」を始め、荒々しい曲調も多い。 輪廻転生をテーマに、ピアノによる美しいインスト曲を挟みながら現実と非現実の間を彷徨うようなアルバムは、最後に不思議な余韻を残してくれた。 (秦 理絵) ニコニコ動画で200万回再生を記録する人気曲を生み出してきたボカロPのn-buna(ナブナ)が女性ヴォーカル suis(スイ)を迎えて結成したバンド"ヨルシカ"の1stミニ・アルバム。 ピアノの繊細なフレーズが紡ぐインスト曲「夏陰、ピアノを弾く」から幕を開けると、ギターを中心にした表情豊かなバンド・サウンドのなかで描かれるのは、夏の気配を漂わせた切ない恋の物語だった。 それはハッピーなラヴ・ソングではなく、すべてが死別を思わせる悲恋の楽曲。 カトレアの花、青い空、夕立ち、花火、入道雲という夏を連想させるワードが散りばめられた曲たちは全7曲がそれぞれに独立しながらも一篇の小説としてリンクしているようにも聴こえた。 テーマは悲しいが、作品をカラリと爽やかに仕上げたのはsuisの透明感のある歌声の存在が大きい。 (秦 理絵).

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花に亡霊|ヤマハミュージックデータショップ(YAMAHA MUSIC DATA SHOP)

花 に 亡霊 歌詞

ヨルシカの新曲「花に亡霊」が、6月5日公開のアニメ映画"泣きたい私は猫をかぶる"の主題歌に決定した。 "泣きたい私は猫をかぶる"は、"ペンギン・ハイウェイ"で第42回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞、ファンタジア国際映画祭 今敏賞(ベストアニメーション賞)を受賞した新進気鋭のアニメーション・スタジオ スタジオコロリド制作による長編アニメーション映画。 ヨルシカは本作が初の映画主題歌抜擢となる。 このたび公開された本予告映像では、ヨルシカが書き下ろした主題歌が映画の世界観を音楽で表現しており、映画の主人公 ムゲのまっすぐな想いをよりいっそう引き立て、物語をより深くより鮮やかに紡いでいる。 なお、今回の発表に寄せてヨルシカよりコメントも到着している。 昔から映画をよく見ます。 暇になる度に邦洋問わず鑑賞するのですが、音楽と調和した一本を見た時の感動は他には代え難いものがあります。 特に物語の個性と、音楽の個性がぶつかり合った作品に心惹かれます。 初め打ち合わせで監督の方に言われた言葉は「自由に作ってみてほしい」でした。 ヨルシカは基本的にコンセプトが軸にある音楽を出しているバンドで、話を頂いた時は新たなコンセプトアルバムを作っている最中でもありました。 僕はその言葉が嬉しくもあのりつつ、つまりは、作品という枠組みの中で支える音楽ではなく、枠組みの外で泳ぐ自由さを求められているのだと捉えました。 今回使っていただいた主題歌はヨルシカとしての作品性をそのままアウトプットしたものでもあり、この映画の創造力とぶつかり合って輝くような、独立した二作品が綺麗に調和を保っているような、そんな景色を作る音楽になっていればと、そう願っています。 映画館で鑑賞出来ることを一つの楽しみにしています。 できれば、今作は初回生産限定盤を手に取ってほしい。 音楽を辞めることを決意した青年が"エルマ"に宛てた全14曲の楽曲に加えて、オスカー・ワイルド、ヘンリー・ダーガー、松尾芭蕉ら、偉大な芸術家たちの言葉を引き合いに出して綴られる"手紙"が今作への理解を深めてくれる。 "音楽を辞めた"というセンセーショナルなモチーフをテーマにすることで、コンポーザー n-bunaが抱く思想や哲学を徹底的に炙り出し、ひいては"音楽をやる理由"が浮き彫りになる構造が秀逸。 (秦 理絵) ヨルシカの新しいミニ・アルバムのタイトルが"負け犬にアンコールはいらない"だと知って驚いた。 めちゃくちゃエモいじゃないか。 前作ミニ・アルバム『夏草が邪魔をする』では、ソングライティングを手掛けるn-buna(ナブナ)が自身の死生観を色濃く反映させた切ない夏物語を描いたが、あれから約1年を経てリリースされる今作は、同じ夏の匂いを継承しながらも、"どこかの誰かの物語"とは一蹴できないリアルが滲む。 "もう一生、後悔したくない僕らは吠えたい"と歌う表題曲「負け犬にアンコールはいらない」を始め、荒々しい曲調も多い。 輪廻転生をテーマに、ピアノによる美しいインスト曲を挟みながら現実と非現実の間を彷徨うようなアルバムは、最後に不思議な余韻を残してくれた。 (秦 理絵) ニコニコ動画で200万回再生を記録する人気曲を生み出してきたボカロPのn-buna(ナブナ)が女性ヴォーカル suis(スイ)を迎えて結成したバンド"ヨルシカ"の1stミニ・アルバム。 ピアノの繊細なフレーズが紡ぐインスト曲「夏陰、ピアノを弾く」から幕を開けると、ギターを中心にした表情豊かなバンド・サウンドのなかで描かれるのは、夏の気配を漂わせた切ない恋の物語だった。 それはハッピーなラヴ・ソングではなく、すべてが死別を思わせる悲恋の楽曲。 カトレアの花、青い空、夕立ち、花火、入道雲という夏を連想させるワードが散りばめられた曲たちは全7曲がそれぞれに独立しながらも一篇の小説としてリンクしているようにも聴こえた。 テーマは悲しいが、作品をカラリと爽やかに仕上げたのはsuisの透明感のある歌声の存在が大きい。 (秦 理絵).

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花に亡霊/ヨルシカの歌詞

花 に 亡霊 歌詞

この度、新型コロナウイルス感染症の状況に鑑み、公開日の延期を決定致しました。 作品の公開を楽しみにお待ち頂いていた皆様には誠に申し訳なく心よりお詫び申し上げます。 今後の予定につきましては決定次第、公式HPにてお知らせ致します。 男女2人組ですがどちらも顔出しをしておらず『ヨルシカ自身も一つの作品』という独自の考え方が各層に支持を得ています。 新曲『花に亡霊』もさわやかだけど切ないメロディに乗せて夏の思い出について歌っています。 曲自体も大好きなのですがヨルシカはなんといっても歌詞。 歌詞に込められた思いについて深堀していきたいなと思います。 そもそも亡霊とは 亡霊の言葉の意味は 死んだ人の魂、死者の魂がよみがえってきたもの または比喩的に使われる過去の存在だったものがよみがえってきて恐れられているもの タイトルにもあるように亡霊がこの曲を表すキーワードになっています。 歌詞の中にもたくさんの『亡霊』というキーワードが使われていますので、亡霊が一体何なのかを理解することがこの曲の意味を理解することにつながるはずです。 亡霊の意味の問いかけ もう忘れてしまったかな 夏の木陰に座ったまま、氷菓を口に放り込んで風を待っていた ヨルシカ『花に亡霊』より 歌いだしの一文。 なんでもない一文だけど切なくて夏を感じさせる文章ですよね。 アイスを氷菓と表現するあたり日本の夏を感じさせます。 氷菓のまま曲に反映させてくれれば僕的にはドストライクだったのですが、アイスの方が伝わりやすいのでそれはそれでOKです。 『もう忘れてしまったかな』が誰に対してかが少し気になりますね。 歌詞を見ていくとなんとなく全体像が見えてくるのでまた後程解説します。 忘れないように 色褪せないように 形に残るものが全てじゃないように ヨルシカ『花に亡霊』より 忘れないように色褪せないようにというセリフが歌詞の中で合計3回登場します。 これは主人公『僕』が自分に念じているように感じます。 今回の『花に亡霊』には僕と君の2人が登場します。 どちらについて書かれているかをつかむのが重要だと感じました。 なので始めの文章内である『もう忘れてしまったかな』はどちらかな考えたところ、『僕』が『君』へ向けて言った問いかけという風に仮定できます。 自分に念じている人が同じ内容で自分に問いかけるとは考えにくいからです。 言葉をもっと教えて 夏が来るって教えて 僕は描いてる 眼に映ったのは夏の亡霊だ 風にスカートが揺れて 想い出なんて忘れて 浅い呼吸をする、汗を拭って夏めく ヨルシカ『花に亡霊』より サビについて 先ほど説明したように亡霊とは現在いないものについて定義している言葉です。 亡くなった人へ向けた歌 もしくは無くなった人の思い出を懐かしく思って歌った歌 この二つが考えられます。 死んだ人について書かれた歌詞なのか、去っていった思い出の人について書かれた歌詞なのかは想像させるように書かれています。 ここからは、亡くなった人=君と仮定して話を進めます。 ここでは、今は叶わないけれど、たくさんの言葉やたくさんの夏が巡ってくることを君に教えてほしかった、僕が描いている想像が『亡霊』なのです。 亡霊の意味を使い分けている 今だけ顔も失くして 言葉も全部忘れて 君は笑ってる 夏を待っている僕ら亡霊だ 心をもっと教えて 夏の匂いを教えて 浅い呼吸をする ヨルシカ『花に亡霊』より 2番のサビについて 顔も交わした言葉も鮮明には覚えていない、忘れてしまった。 だけど笑っている顔は思い出せるよ。 君の笑っている姿を思い出す。 砕いたらこんな意味ですね。 ここで言いたいことは、君の笑っている姿を思い出すと過去の自分を思いだすということです。 時間が経って『君』を思い出したとき、過去の自分も思い出してしまうという切ない意味を含んだ歌詞だと想像できます。 過去にとらわれている自分を亡霊と表現して、 『 君』は亡くなってしまった人の魂=亡霊 『僕』は過去の自分の存在がよみがえってきた恐いもの=亡霊 というふうにとることができます。 夏を待っている僕ら亡霊だ ヨルシカ『花に亡霊』より ここでいう『僕ら』はもちろん君と僕ですが、亡霊の意味をそれぞれ異なる意味として使っているのではないかと気づいたとき、鳥肌が立ちました。 ここまで考えて歌詞を書いていたのだったら……と自分でも考察しておきながらかなりゾッとしました。 花を連想させる表現 言葉をもっと教えて さよならだって教えて 今も見るんだよ 夏に咲いてる花に亡霊を 言葉じゃなくて時間を 時間じゃなくて心を 浅い呼吸をする、汗を拭って夏めく ヨルシカ『花に亡霊』より 最後のサビでは、夏に咲いている花を見るたびに君と過去の僕を思い出すというメッセージをストレートに表現しています。 2行目の文章の『浅い呼吸』や『汗を拭って』などは花が呼吸をしていることや朝露を連想させます。 こうした言葉遊びがとても心地よく、歌詞を隅々まで見てよかったなと思えるところでもありました。 はじめとおわりの一文の意味が違う もう忘れてしまったかな 夏の木陰に座ったまま、氷菓を口に放り込んで風を待っていた ヨルシカ『花に亡霊』より 最後の一文は歌いだしと同じ文章。 一文目は回想中のように感じるけれど、最後の一文は過去に思いをはせている『現在の僕』を想像させます。 同じ一文だけど歌詞をすべて読んだ後では印象がガラッと変わります。 歌いだしで木陰で氷菓を口にしていたのは『君』であり、最後の一文では思い出に浸りながら氷菓を口にしている『僕』が想像できます。 また最後の一文は、歌いだしの時とは違い、悲しい物語について忘れたいという思いを自分自身に問いかけているようにも感じるのです。 まとめ.

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