プラトーン 映画。 <BSフジ4Kシアター>映画『プラトーン』|BSフジ

映画『プラトーン』ネタバレあらすじ結末|映画ウォッチ

プラトーン 映画

< プラトーンあらすじ> 1967年のベトナム戦争真っ只中に、クリス(チャーリー・シーン)は戦地へ派兵された。 彼はマイノリティーと貧困層が、次々と戦争に投入されていく現実に怒りを覚え、大学を中退して志願兵としてベトナムの地に来た。 最前線の戦闘小隊に配属されたクリスは、運ばれる死体袋に呆然とする。 戦争の現実は苛酷で、兵士達は日々酒やドラッグで気を紛らわせている。 クリスが配属された小隊の2等軍曹バーンズ(トム・ベレンジャー)は冷酷非情、何度も死線をくぐりぬけた古強者で目的のため手段を選ばない。 3等軍曹エリアス(ウィレム・デフォー)は戦場にありながらも、非合法な行動はしない正義漢だった。 そんな13人の小隊は、ある日ベトコンの基地と疑われる小さな村に入り検査する。 その途中バーンズは疑わしい村民を追求するあまり銃殺してしまう。 バーンズの非道な軍法違反に激昂したエリアスは、彼に殴りかかり「軍法会議にかけてやる」と叫び、帰営してからエリアスは上層部に報告する。 バーンズはエリアスを偽善者だと嫌っており、以後二人の対立は決定的となった。 そんなある日、隊がべトコンと戦闘となり、エリアスは一人偵察に向かう。 ひそかに、その後を追ったバーンズは、エリアスを銃撃する。 そして、バーンズはエリアスが死んだと伝え撤収したが、クリスはバーンズの仕業だと勘づいていた。 ヘリコプターで戦地を飛び立つ小隊は、ヨロメキながらジャングルから歩み出る、エリアスを発見するが、べトコンの銃弾にエリアスは倒れる。 この映画に描写されているベトナム戦争の真実は、確かに異常で狂気に満ちている。 ここで闘う兵士たちは、何のために命がけで闘っているのか。 そう問わざるを得ない・・・・ しかし、何か違和感があった。 この戦争を始めたアメリカ政府に対する憤りは、ベトナムの戦場で戦った兵士たちにとっては怨念に近いだろう。 戦場で兵士同士の内紛や無軌道な争いが発生するのは、すでに正義なき戦争とアメリカ国内でも叫ばれ、現地の兵達も同様の思いでいる以上、そのストレスとフラストレーションは軍内部で渦巻いていただろう。 右ヘルメット文章:俺が死んだら上下逆さに埋めてくれ。 世界が俺のケツにキスできるように そんな中、闘わなければならない状況に同情を感じた。 その現実は切実に伝わってきた。 それでも、やはり違和感が消えない。 違和感の正体を確かめるために、多分5回以上みていると思う。 この映画は問う。 アメリカはなぜベトナムで闘わなければならなかったか。 アメリカ兵がベトナムでなぜこんなにも苦しまなければならなかったか。 アメリカ兵の真の敵は誰なのか。 この映画が追求する問題を、こう整理して違和感の理由に気がついたのだ。 ここで言うベトナム戦争の真実とは アメリカ兵にとってのみの真実だ。 ここに描かれている軍隊の痛みとは、アメリカ軍の痛みだ。 アメリカ兵士の怨み。 アメリカ兵士の怒り。 アメリカ兵士の悲しみ。 アメリカ兵よ、どこに行って、誰を殺したのか? ベトナム兵の痛みが、自分たちの痛みより少ないと思うのか? アメリカ兵に国土を蹂躙され、家族を殺され、家を焼かれ、枯葉剤を巻かれ、国家を二分され、同国人同士戦わされ、圧倒的近代兵器の前に立たされ、それでも自分たちの国を、友を、家族を守るために命を顧みず闘ったベトナム人とベトナムに対して、なぜこの映画は触れていないのか。 ベトナム軍の真実、ベトナムの民衆の思い、その痛み、苦しみはどこにも描かれていない。 まるで アメリカ軍の兵隊のみが被害者として存在している様に。 やはり、この描き方は間違っている。 これがアメリカ国内で、傷ついたアメリカ人の為のメッセージとして作られたとしても、いや、それであれば尚更ベトナム人の痛みを描くべきだった。 ベトナム戦争の問題を真に解明するためには、アメリカがベトナムを侵略したと言う事実を認め、ベトナム人にどれほどの苦痛を与えたかを検証することが、絶対必要だ。 アメリカ兵の苦しみはつまるところ、正義なくしてベトナム人を殺さざる得なかったところに在るのだから。 この映画がさらに危険を孕むのは、ドラマという表現形式が主人公側に見る者の気持ちを取り込む=感情移入を促す仕掛けが在る点だ。 主人公に同化・同情してしまえば、客観的に判断できなくなるというその仕組みゆえに、 映画はプロパガンダに使われてきた。 この映画も同じ構造を持っていはしまいか。 それがプロパガンダと簡単に分る位の技術的な低さであれば、まだ危険は少ないが、この映画のように作り手側が本気で自らの怒りを表出し、尚且つ技術的に優れていれば見る物は作り手の望む答え「ベトナムで戦ったアメリカ兵達の悲劇」と言う文脈でしか見ることができない。 実際、作者が真剣に誠実に誠心誠意作れば作るほど、必然的に語られる内容が力を持ち、 最終的にその答えが間違っていたとしても遠く広く伝播していってしまう危険を孕むのだ。 これがオリバーストーン監督の『7月4日に生まれて』であれば私は文句は言わない。 敵がアメリカ政府であることがハッキリしているからだ。 しかし、この映画の舞台ベトナムでの戦闘で苦しむ アメリカ兵という描かれ方をされてしまえば、監督の本意ではなくとも アメリカ兵を襲うベトナム兵に対する憎悪を生むのではないかと恐れるのである。 たぶんオリバー・ストーンは自伝的なこの映画で、その苦しみのあまりの深さゆえに客観的な視点、公平性を欠いてしまったのであろう。 それほどアメリカ人にとって辛く苦しい事実だったのだと、この映画の不公平な叙述が語っている。 また、それは日本の侵略の歴史にも通ずる、どこか眼を背けたい事実かもしれない。 その、ベトナム戦争における アメリカの侵略の罪を直視さえしていたならば、その後の湾岸戦争の混迷も、テロもなかったのではないかと夢想する。 若き日のジョニーディップも出ています。 夜が明けた時には、クリスは傷つきボロボロだった。 バーンズはそんなテイラーに襲い掛かり、撃ち殺されると思われたとき爆弾が炸裂した・・・・ エリアスを殺した犯人がバーンズだと気づいていたテイラーは、バーンズに向けて怒りの引金を引いた。 敵とは我々自身だった。 今、私にとって戦争は終わったが、たとえ休んでいる時でも、それはいつでも存在する。 エリアスがバーンズと戦ったのは、ラーが言う「魂の場所」のためだと確信している。 時が過ぎて、二人の父親の子供のように自分を感じている。 しかし、どうであれ、我々は再び築く義務がある。 我々の経験を他の者に教え、そして、この残った命で善良なものと人生の意味を探すのだ・・・・・ このラストのモノローグが語るのは、ベトナム戦争の悲劇がアメリカ人の同士討ち、内輪もめにあったと語っている。 ベトナム戦争での米軍の戦死者5万8220名に対し、ベトナム人の戦死者200万人という事実を、アメリカ人はどう考えているのだろうか? 実際その後のオリバー・ストーンの作品を見れば、世間の問題をリベラルな反権力の立場で追求して頭が下がる。 つまりは、そんなオリバー・ストーンであっても、戦争の主観的な体験は人の心の深部に刻まれ、人格に影響を与えるという証拠ではないだろうか。 スポンサーリンク 初めてコメントさせていただくものです。 はじめまして。 仰る内容、ベトナムの兵士や家族の苦しみの描写の少なさ、ぼく自身学生時代から感じていた違和感とかなり近いように感じます。 これはあくまで推察の域を出ないのですが、ハリウッドにも映画の検閲はあると聞きます。 特にそれが実際にあった戦争とあればスポンサーも絡んで審査も厳しくなると思います。 よって憶測でしかないですが、かなりギリギリのラインをオリバーストーンさんや関係者さんも攻めた結果なのではと誠に勝手ながら想像しています。 ベトナムの女性が襲われるシーンなどは現地に行った兵士達の色んな思いもあるでしょうから、当時現実のものと発表するのは容易ではなさそう… ベトナムを憎ませる以外のものを少しでも練り込む、そのお陰で僕は違和感に気づけたのだと勝手に思っています。 妄想的なコメントですが、これから少しずつでも現実を赤裸々にして同じ過ちを繰り返さない時代が早く来ることを願っています。

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<BSフジ4Kシアター>映画『プラトーン』|BSフジ

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< プラトーンあらすじ> 1967年のベトナム戦争真っ只中に、クリス(チャーリー・シーン)は戦地へ派兵された。 彼はマイノリティーと貧困層が、次々と戦争に投入されていく現実に怒りを覚え、大学を中退して志願兵としてベトナムの地に来た。 最前線の戦闘小隊に配属されたクリスは、運ばれる死体袋に呆然とする。 戦争の現実は苛酷で、兵士達は日々酒やドラッグで気を紛らわせている。 クリスが配属された小隊の2等軍曹バーンズ(トム・ベレンジャー)は冷酷非情、何度も死線をくぐりぬけた古強者で目的のため手段を選ばない。 3等軍曹エリアス(ウィレム・デフォー)は戦場にありながらも、非合法な行動はしない正義漢だった。 そんな13人の小隊は、ある日ベトコンの基地と疑われる小さな村に入り検査する。 その途中バーンズは疑わしい村民を追求するあまり銃殺してしまう。 バーンズの非道な軍法違反に激昂したエリアスは、彼に殴りかかり「軍法会議にかけてやる」と叫び、帰営してからエリアスは上層部に報告する。 バーンズはエリアスを偽善者だと嫌っており、以後二人の対立は決定的となった。 そんなある日、隊がべトコンと戦闘となり、エリアスは一人偵察に向かう。 ひそかに、その後を追ったバーンズは、エリアスを銃撃する。 そして、バーンズはエリアスが死んだと伝え撤収したが、クリスはバーンズの仕業だと勘づいていた。 ヘリコプターで戦地を飛び立つ小隊は、ヨロメキながらジャングルから歩み出る、エリアスを発見するが、べトコンの銃弾にエリアスは倒れる。 この映画に描写されているベトナム戦争の真実は、確かに異常で狂気に満ちている。 ここで闘う兵士たちは、何のために命がけで闘っているのか。 そう問わざるを得ない・・・・ しかし、何か違和感があった。 この戦争を始めたアメリカ政府に対する憤りは、ベトナムの戦場で戦った兵士たちにとっては怨念に近いだろう。 戦場で兵士同士の内紛や無軌道な争いが発生するのは、すでに正義なき戦争とアメリカ国内でも叫ばれ、現地の兵達も同様の思いでいる以上、そのストレスとフラストレーションは軍内部で渦巻いていただろう。 右ヘルメット文章:俺が死んだら上下逆さに埋めてくれ。 世界が俺のケツにキスできるように そんな中、闘わなければならない状況に同情を感じた。 その現実は切実に伝わってきた。 それでも、やはり違和感が消えない。 違和感の正体を確かめるために、多分5回以上みていると思う。 この映画は問う。 アメリカはなぜベトナムで闘わなければならなかったか。 アメリカ兵がベトナムでなぜこんなにも苦しまなければならなかったか。 アメリカ兵の真の敵は誰なのか。 この映画が追求する問題を、こう整理して違和感の理由に気がついたのだ。 ここで言うベトナム戦争の真実とは アメリカ兵にとってのみの真実だ。 ここに描かれている軍隊の痛みとは、アメリカ軍の痛みだ。 アメリカ兵士の怨み。 アメリカ兵士の怒り。 アメリカ兵士の悲しみ。 アメリカ兵よ、どこに行って、誰を殺したのか? ベトナム兵の痛みが、自分たちの痛みより少ないと思うのか? アメリカ兵に国土を蹂躙され、家族を殺され、家を焼かれ、枯葉剤を巻かれ、国家を二分され、同国人同士戦わされ、圧倒的近代兵器の前に立たされ、それでも自分たちの国を、友を、家族を守るために命を顧みず闘ったベトナム人とベトナムに対して、なぜこの映画は触れていないのか。 ベトナム軍の真実、ベトナムの民衆の思い、その痛み、苦しみはどこにも描かれていない。 まるで アメリカ軍の兵隊のみが被害者として存在している様に。 やはり、この描き方は間違っている。 これがアメリカ国内で、傷ついたアメリカ人の為のメッセージとして作られたとしても、いや、それであれば尚更ベトナム人の痛みを描くべきだった。 ベトナム戦争の問題を真に解明するためには、アメリカがベトナムを侵略したと言う事実を認め、ベトナム人にどれほどの苦痛を与えたかを検証することが、絶対必要だ。 アメリカ兵の苦しみはつまるところ、正義なくしてベトナム人を殺さざる得なかったところに在るのだから。 この映画がさらに危険を孕むのは、ドラマという表現形式が主人公側に見る者の気持ちを取り込む=感情移入を促す仕掛けが在る点だ。 主人公に同化・同情してしまえば、客観的に判断できなくなるというその仕組みゆえに、 映画はプロパガンダに使われてきた。 この映画も同じ構造を持っていはしまいか。 それがプロパガンダと簡単に分る位の技術的な低さであれば、まだ危険は少ないが、この映画のように作り手側が本気で自らの怒りを表出し、尚且つ技術的に優れていれば見る物は作り手の望む答え「ベトナムで戦ったアメリカ兵達の悲劇」と言う文脈でしか見ることができない。 実際、作者が真剣に誠実に誠心誠意作れば作るほど、必然的に語られる内容が力を持ち、 最終的にその答えが間違っていたとしても遠く広く伝播していってしまう危険を孕むのだ。 これがオリバーストーン監督の『7月4日に生まれて』であれば私は文句は言わない。 敵がアメリカ政府であることがハッキリしているからだ。 しかし、この映画の舞台ベトナムでの戦闘で苦しむ アメリカ兵という描かれ方をされてしまえば、監督の本意ではなくとも アメリカ兵を襲うベトナム兵に対する憎悪を生むのではないかと恐れるのである。 たぶんオリバー・ストーンは自伝的なこの映画で、その苦しみのあまりの深さゆえに客観的な視点、公平性を欠いてしまったのであろう。 それほどアメリカ人にとって辛く苦しい事実だったのだと、この映画の不公平な叙述が語っている。 また、それは日本の侵略の歴史にも通ずる、どこか眼を背けたい事実かもしれない。 その、ベトナム戦争における アメリカの侵略の罪を直視さえしていたならば、その後の湾岸戦争の混迷も、テロもなかったのではないかと夢想する。 若き日のジョニーディップも出ています。 夜が明けた時には、クリスは傷つきボロボロだった。 バーンズはそんなテイラーに襲い掛かり、撃ち殺されると思われたとき爆弾が炸裂した・・・・ エリアスを殺した犯人がバーンズだと気づいていたテイラーは、バーンズに向けて怒りの引金を引いた。 敵とは我々自身だった。 今、私にとって戦争は終わったが、たとえ休んでいる時でも、それはいつでも存在する。 エリアスがバーンズと戦ったのは、ラーが言う「魂の場所」のためだと確信している。 時が過ぎて、二人の父親の子供のように自分を感じている。 しかし、どうであれ、我々は再び築く義務がある。 我々の経験を他の者に教え、そして、この残った命で善良なものと人生の意味を探すのだ・・・・・ このラストのモノローグが語るのは、ベトナム戦争の悲劇がアメリカ人の同士討ち、内輪もめにあったと語っている。 ベトナム戦争での米軍の戦死者5万8220名に対し、ベトナム人の戦死者200万人という事実を、アメリカ人はどう考えているのだろうか? 実際その後のオリバー・ストーンの作品を見れば、世間の問題をリベラルな反権力の立場で追求して頭が下がる。 つまりは、そんなオリバー・ストーンであっても、戦争の主観的な体験は人の心の深部に刻まれ、人格に影響を与えるという証拠ではないだろうか。 スポンサーリンク 初めてコメントさせていただくものです。 はじめまして。 仰る内容、ベトナムの兵士や家族の苦しみの描写の少なさ、ぼく自身学生時代から感じていた違和感とかなり近いように感じます。 これはあくまで推察の域を出ないのですが、ハリウッドにも映画の検閲はあると聞きます。 特にそれが実際にあった戦争とあればスポンサーも絡んで審査も厳しくなると思います。 よって憶測でしかないですが、かなりギリギリのラインをオリバーストーンさんや関係者さんも攻めた結果なのではと誠に勝手ながら想像しています。 ベトナムの女性が襲われるシーンなどは現地に行った兵士達の色んな思いもあるでしょうから、当時現実のものと発表するのは容易ではなさそう… ベトナムを憎ませる以外のものを少しでも練り込む、そのお陰で僕は違和感に気づけたのだと勝手に思っています。 妄想的なコメントですが、これから少しずつでも現実を赤裸々にして同じ過ちを繰り返さない時代が早く来ることを願っています。

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「プラトーン」:ベトナム終戦10年後、初めてベトナム戦争に正面から向き合った名作

プラトーン 映画

の紹介:1986年アメリカ映画。 実際にベトナム戦争に従軍したオリバー・ストーン監督自身の体験を元にベトナム戦争の現実を描いた作品。 トム・ベレンジャー、ウィレム・デフォーといった有名俳優を起用する一方、当時は無名だったジョニー・デップなども出演している。 出演俳優達は撮影の2週間前から実際にローテーションを組んで野営監視を行う、食料は全て実際の軍隊と同様のレーション、戦場を演出するためシャワーを浴びることは禁止されるなどの徹底ぶりであった。 焼き払った村から撤退するシーンで兵士たちが携行していたM16アサルトライフルは、日本の遊戯銃メーカー・MGCが提供している。 監督:オリヴァー・ストーン 出演:チャーリー・シーン(クリス・テイラー)、トム・ベレンジャー(ボブ・バーンズ曹長)、 ウィレム・デフォー(エリアス・グロージョン軍曹)、ジョニー・デップ(ガーター・ラーナー)、デイル・ダイ(ハリス大尉)ほか 目次• プラトーンのネタバレあらすじ:1 1968年、ベトナム。 共産主義と資本主義の対立が本格化し、アメリカとソ連・中国は南北ベトナムに大規模な軍事支援を行い、大国間の代理戦争が激戦の様相を示していました。 クリス・テイラーは、貧困層や差別被害層など、いわゆる底辺層と呼ばれる若者達だけがアメリカ軍へ入隊する様相に憂いを感じ、自身で現実を確かめるべく、両親の反対を押し切って軍に入隊し、一兵卒としてベトナムの戦地へ訪れます。 しかし、そこはクリスの想像を遥かに超えていました。 砂塵が巻い高温多湿が襲い来る劣悪な環境、漂う硝煙と血の匂い、そして兵士達の間で蔓延するクスリ。 およそ現実とは思えないこの光景を前に、クリスは到着早々後悔の念に駆られてしまいました。 正義感ぶった自分の行いを後悔しつつ、ベトナムの地で兵士としての長い日々が始まるのでした。 アメリカ陸軍第25歩兵師団のある1小隊に配属されたクリス。 そこにはベテラン下士官のボブ・バーンズ曹長とエリアス・グロージョン軍曹、そして過酷な戦場を生き抜いてきた兵士達がいました。 プラトーンのネタバレあらすじ:2 ある日、待ち伏せに参加することになったクリス達新兵は、実戦経験も浅はかなまま、おぼつかない様子で野営とトラップの準備を進めていました。 小隊員が交代で監視を行う中、クリスもジュニアと交代し眠りにつきます。 幾分時間が経過した後、目が覚めたクリスでしたが、交代したはずのジュニアも眠りに落ちており、誰も周囲を監視していない状態に気付きます。 そんな中、北ベトナム兵が姿を現しますが、実戦経験の浅いクリスは動くことができず、敵の接近を許してしまいます。 敵が目前に迫る中、設置したブービートラップが炸裂し、小隊のメンバーが飛び起きて応戦を始めました。 敵は逃げていきましたが、味方にも死傷者が出てしまいます。 ジュニアは敵の接近を許したのはクリスが監視を怠ったせいだと責めたて、他の小隊員からも責められてしまいます。 理不尽な現実を目の当たりにし、責任の所在など関係無いことに気付きます。 戦闘で負傷したクリスは一度後方の病院へ送られますが、復帰を果たし小隊へ戻ってきました。 拠点に戻ったクリスを迎え入れる小隊員達。 クリスも差し出されたタバコとクスリに手を出し、徐々に小隊に馴染んでいきました。 戦闘の合間、一夜の楽しいひとときは過ぎていきます。 プラトーンのネタバレあらすじ:3 戦いの日々は続き、とある偵察任務中、敵のトーチカを発見した小隊は付近の探索を開始しますが、ブービートラップにかかった小隊員2名が戦死してしまいます。 さらに行方不明となった1名が殺された状態で発見され、怒りに震えるバーンズ曹長と小隊員。 近くの村を調査するよう命令を受けた小隊は、そこで大量の武器弾薬を発見します。 北ベトナムに協力している村と見做し、激昂するバーンズと彼に従順な小隊員達は、村人を皆殺しにしてしまえと叫びます。 そしてバーンズは武器も持たず、無抵抗な村人を殺害してしまいます。 クリスは憤りを感じていたものの、どうすることもできずその様子ただ見入るばかりでした。 そこへエリアス達が村に到着、殺害の様子を見たエリアスは激昂してバーンズに殴りかかりました。 二人の対立は決定的になり、小隊はバーンズ派とエリアス派の様相を示していきます。 村は焼かれ、北ベトナムに協力したとみなされた村人は連行されていくのでした。 バーンズの不法な殺人を目撃したエリアスは小隊長ウォルフ中尉と中隊長ハリス大尉に直訴しますが、バーンズの顔を立てるウォルフ中尉は殺人は目撃していないとシラを切ります。 彼は経験の浅い小隊長であり、古参の兵士達に完全に舐められているのでした。 バーンズ派の小隊員達も殺人は犯していないと証言する気です。 プラトーンのネタバレあらすじ:4 ハリス大尉は作戦行動中は仲違いは止めて協力するようバーンズとエリアスに要請しますが、二人の確執はすでに決定的となっており、軍法会議にかけられることを阻止しようとするバーンズはあることを企てます。 新たな作戦中、敵の待ち伏せを受けた小隊はその場に立ち往生してしまいます。 小隊長ウォルフ中尉は味方の砲兵隊に支援砲撃を要請したものの、誤った座標を伝えてしまい、小隊は味方の砲撃に晒されてしまいます。 激昂したバーンズは上官であるウォルフ中尉を殴り、誤った座標を指定したことを咎めます。 一方、エリアスはクリス達を引き連れ、敵の進攻を阻止しようとしていました。 クリス達をその場に残し、自分は別の場所を守ると1人で進んでいきますが、その様子をどことなく心配そうに見つめるクリス。 敵の進攻を阻止して喜ぶクリスでしたが、味方のクロフォードが撃たれてしまいます。 そこへバーンズが現れ、撤退するからクロフォードを連れて拠点に戻れと命令するのでした。 エリアスがまだいることを伝えると、バーンズは自分が連れ戻すと言い、エリアスの場所へ向かっていきました。 拠点に到着したクリスは撤退のヘリが到着する中、エリアスの身を案じて引き返して行きます。 プラトーンのネタバレあらすじ:5 エリアスは1人敵の進攻を食い止めていましたが、そこへバーンズが現れます。 エリアスはバーンズと出会ったことで微笑みましたが、バーンズは銃口を降ろさずそのままエリアスを撃つのでした。 誰も見ていない状況でエリアスを殺す絶好の機会と見たバーンズですが、拠点に戻る途中で引き返したクリスと出会ってしまいます。 「エリアスは?」と問いかけるクリスに、死んだと答えるバーンズ。 クリスは信じられませんでしたが、敵が眼前に迫る中で躊躇している暇はなく、撤退するヘリに乗り込むのでした。 撤退のヘリからふと地上に目をやったクリスは、死んだはずのエリアスが敵の大部隊に追われているのを発見します。 「エリアスだ!」と叫ぶクリスですが、ヘリは着陸できず上空を通り過ぎていきます。 敵に追われながら必死に逃げるエリアスでしたが、無念を伝えるかのように両手を天に挙げ息絶えてしまいます。 死んだと伝えられたエリアスが生きており、クリスはバーンズに疑いの目を向けます。 拠点に戻ったクリスはバーンズを殺害するよう仲間に仕向けますが、仕返しが怖いエリアス派だった小隊員達は乗り気ではありません。 そこへバーンズが現れ、エリアスはクズだったと言い放ちます。 激昂したクリスはバーンズへ襲いかかりますが、歯がたちません。 プラトーンの結末 翌日、エリアスが戦死した地点へ戻ることになった小隊。 敵の大部隊の侵攻が迫りつつある中、小隊は防御陣地を構築して待ち構えます。 直前に除隊が叶った者、後方へ送ってほしいと嘆願する者、諦めて達観している者、それぞれの思いが錯綜する中、北ベトナム軍の大夜襲が開始されました。 夜襲は激戦の様相を示し、次々と戦死していく小隊員達。 中隊長のハリス大尉は、全滅寸前の危機的状況を打破すべく、味方の爆撃機に爆弾を陣地にバラまくよう命令します。 敵味方が入り乱れる大混戦の最中、クリスはバーンズと出会いますが、敵も味方も分からない状況でバーンズはクリスに襲いかかります。 殺されかけた瞬間、爆撃機から落とされた爆弾が炸裂し、気を失うクリス。 翌日、目が覚めると周囲は戦士した敵と味方の遺体で溢れかえっていました。 虚ろな足取りで歩きだすクリスの目の前に、満身創痍のバーンズが現れました。 衛生兵を呼べと命令するバーンズでしたが、クリスは何かを決めたようにバーンズを見つめています。 全てを悟ったバーンズは「殺せ」と言い放ち、クリスに撃たれて絶命するのでした。 間もなく味方の救援が到着し、生き残った小隊員達を保護していきます。 クリスは2度負傷したことで後方へ送られることになり、移動のヘリに乗り込みます。 愛国心と正義感に燃えベトナムにやってきた青年クリス。 幾多の狂気と地獄を乗り越え、成長した彼が飛び立っていくシーンで映画は終わります。

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