阿佐ヶ谷 シスターズ。 阿佐ヶ谷の美味しいモーニング・朝食おすすめ15選 | VOKKA [ヴォッカ]

阿佐ヶ谷姉妹ユーチューブ(モーニングルーティン)の登録数や収入は?評判も

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阿佐ヶ谷姉妹がお出迎え。 阿佐ヶ谷姉妹同様、地味な部屋。 昭和の雰囲気が漂う6帖の和室に住んでいます。 当然住んでいるのは杉並区の阿佐ヶ谷。 築33年の6帖、家賃6万5千円の物件です。 ヒロミは「汚えな」とボロクソ。 部屋はモノであふれています。 しまうスペースが全くない。 服も掛けるところがない。 問題点1:荷物の多さ 問題点2:商売道具のキーボードの置き場がない 問題点3:昭和のレトロ感がありすぎる。 そこでヒロミが提案。 「アジアっぽい感じどう?」 「ニューヨークスタイルのモダンアジアンみたいな。 」 モダンアジアンとは、欧米とアジアのインテリアをミックスさせたニューヨークなどで流行している都会的アジアンスタイルのこと。 そのために、絶対やらなければならないのは、不要なものを捨てること。 荷物を運びだすとこんな感じ。 ヒロミが最初にしたことは、ウッドカーペットを敷き詰めること。 これは裏がカーペット生地になっており、畳を傷つけないで板の間に変更できます。 でもサイズが合わなかった。 同じ6帖でも江戸間や団地間などがあり、こういうことも。 そこで、ヒロミが取り出したのが電動ノコギリ。 これでカット。 手馴れていますね。 本格的! この和室が。 このように。 一気にグレードアップしましたね。 これは木目をプリントした壁紙。 いま、壁紙を壁以外のところに貼るリノベーションが大流行しています。 接着剤を適当に出して ローラーでうすうすに こんなコツも。 この上に防水加工のニスを塗って完了。 3888円で出来ました。 荷物が多いので カラーボックスを利用します。 板(180cm・4枚)も買ってきて、オイルステインを使って色を合わせます。 高級アジアンテイストにしたいので色はマホガニーをチョイス。 突如カラーボックスにカッターを入れるヒロミ。 いったい・・・ なんとコンセント確保のため。 これで使いやすい。 心遣いすばらしい。 ヒロミ:俺、お客様の気持ちがわかるからね。 ここで阿佐ヶ谷姉妹が「TVのオーディションにと、」抜ける報告。 「えっ、まだオーディション受けてる段階?」と動揺も 快く了解。 ここから一人仕事に。 ここで、ちょっと 家具の 水平とってみよう。 OK! 「ズレてると結構気持ち悪いんだよ。 住んでいて気持ち悪くなるから。 」とここにもやさしい心遣い。 ここで秘密兵器。 こんな簡単に45度。 扉が出来ました。 「オレ、多分IKEA作れるんじゃねえかな。 」と自画自賛。 次は問題の押入れ部分。 生活感がありすぎる。 そこで使うのがディアウォール。 中にバネが入っていて そこに木材を差し込むだけで簡単に飾り柱に。 こんなに風にマガジンラックや キッチン収納ができるスグレモノ。 つっぱり棒でカーテン。 でもここが、カッコ悪い。 そこで横板を付けて隠す。 開始から15時間。 深夜12時半に! 完成!! そこに阿佐ヶ谷姉妹帰宅。 完成したモダンアジアンのお部屋はこちら! 阿佐ヶ谷姉妹:アジアのホテルみたい。 日本じゃないみたい! 昭和の和室が、高級感ある木材を基調としたモダンアジアンに大変身。 ムード満点のリラックス空間。 カラーボックスを利用したヒロミ自作の家具。 壁面収納をすることで部屋のスペースを確保しています。 押し入れはムーディーに光っています。 LED電池の照明で奥行き感を出し、セクシーに。 すだれ&カーテンの組み合わせ。 窓の棚に秘密が。 このまま座って涼める出窓になるし また、キーボード台にもなる。 さらに棚の留め具が上にもあるので、板を上に取り付ければ 立って弾くことも可能になります。 このアジアンテイストのソファは 2人の敷布団を利用。 6帖1間の和室が このようなモダンアジアンのお部屋となりました。 10万円掛からずリノベーションできました。 お見事! これまでのヒロミのリフォームシリーズはこちら。 目指すはヒロミハイアット。

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阿佐ヶ谷姉妹の動画 モーニングルーティンに癒されほっこり!

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文士が育んだ伝統とクリエイティブな文化が交差する 活気あふれる街 駅を挟んで南北に伸びるけやき並木、阿佐谷パールセンター商店街をはじめとする活気ある商店街、通好みの企画で愛好者を引きつける映画館や小劇場。 阿佐ヶ谷の街は、このように多くの「顔」を持ち合わせています。 さらに、「阿佐ヶ谷文士村」と呼ばれた文化サークルがかつて存在するなど、どことなく落ち着いた文化的な空気が流れています。 「阿佐ヶ谷文士村」は、1922年のJR中央線の阿佐ケ谷駅開業や、その翌年に起こった関東大震災による人口流入の影響で、多くの詩人や小説家などがこの界隈に暮らし始めたのがきっかけで形成されました。 彼らが残した知的な香りが、街角やイベントなど、あちらこちらに受け継がれています。 街の歴史 「阿佐谷パールセンター商店街」のホームページによると、南北朝時代に「あさかや殿」という土豪がおり、その頃より一帯が「あさがや」と呼ばれていたようです。 江戸時代には「阿佐ヶ谷村」となり、明治時代に行われた町村統合で「杉並村」となるまで続きました。 大正末期に始まり戦前に全盛を迎えた前出の「阿佐ヶ谷文士村」ですが、その中心的人物は、1927年から荻窪に住み『荻窪風土記』を著した井伏鱒二。 阿佐ヶ谷では、界隈に住む文士たちと「阿佐ヶ谷会」なる会合を月に一度催し、将棋をさし、酒を呑むような交流がありました。 また、太宰治、川端康成などの名だたる作家も阿佐ヶ谷を闊歩していました。 イベント.

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【築33年6帖和室】ヒロミ、阿佐ヶ谷姉妹の家をイジる【画像あり】

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文士が育んだ伝統とクリエイティブな文化が交差する 活気あふれる街 駅を挟んで南北に伸びるけやき並木、阿佐谷パールセンター商店街をはじめとする活気ある商店街、通好みの企画で愛好者を引きつける映画館や小劇場。 阿佐ヶ谷の街は、このように多くの「顔」を持ち合わせています。 さらに、「阿佐ヶ谷文士村」と呼ばれた文化サークルがかつて存在するなど、どことなく落ち着いた文化的な空気が流れています。 「阿佐ヶ谷文士村」は、1922年のJR中央線の阿佐ケ谷駅開業や、その翌年に起こった関東大震災による人口流入の影響で、多くの詩人や小説家などがこの界隈に暮らし始めたのがきっかけで形成されました。 彼らが残した知的な香りが、街角やイベントなど、あちらこちらに受け継がれています。 街の歴史 「阿佐谷パールセンター商店街」のホームページによると、南北朝時代に「あさかや殿」という土豪がおり、その頃より一帯が「あさがや」と呼ばれていたようです。 江戸時代には「阿佐ヶ谷村」となり、明治時代に行われた町村統合で「杉並村」となるまで続きました。 大正末期に始まり戦前に全盛を迎えた前出の「阿佐ヶ谷文士村」ですが、その中心的人物は、1927年から荻窪に住み『荻窪風土記』を著した井伏鱒二。 阿佐ヶ谷では、界隈に住む文士たちと「阿佐ヶ谷会」なる会合を月に一度催し、将棋をさし、酒を呑むような交流がありました。 また、太宰治、川端康成などの名だたる作家も阿佐ヶ谷を闊歩していました。 イベント.

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