映画 ドクトル ジバゴ あらすじ。 『ドクトル・ジバゴ』/ボリス・パステルナーク

『ドクトル・ジバゴ』(ミュージカル)あらすじと感想

映画 ドクトル ジバゴ あらすじ

ボリス・パステルナークの小説を、「アラビアのロレンス」のロバート・ボルトが脚色、同じく「アラビアのロレンス」のデイヴィッド・リーンが監督した、ロシア革命を背景に1人の男の生涯を描いた文芸篇。 撮影はフレッド・A・ヤング、音楽はモーリス・ジャール、美術監督はテレンス・マーシュとジョン・ボックス、装置はダリオ・シモニ、衣裳デザインはフィリス・ダルトン、特殊効果はエディ・フォーリー、第2班監督はロイ・ロソッティが担当した。 出演は「アラビアのロレンス」のオマー・シャリフ、「ある晴れた朝突然に」のジェラルディン・チャップリン、「ダーリング」で38回アカデミー女優主演賞をとったジュリー・クリスティ、「クロスボー作戦」のトム・コートネイのほかにアレック・ギネス、シオバン・マッケナ、ラルフ・リチャードソン、リタ・トゥシンハムなど。 製作は「クロスボー作戦」のカルロ・ポンティ、製作企画は「人間の絆」のジョン・ボックス。 なおこの作品は、第38回アカデミー賞の、5部門(脚色賞、色彩撮影賞、色彩美術賞、色彩衣裳デザイン、オリジナル作曲賞)で受賞。 あらすじ 19世紀末のロシア。 ユーリー・ジバゴ(オマー・シャリフ)は、医学の勉強を続けるかたわら詩人としても知られるようになった。 幼い頃両親を失い、科学者グロメーコにひきとられた彼は、その家の娘トーニャ(ジェラルディン・チャップリン)を愛していた。 2人の婚約発表のパーティーの日、近所の仕立屋の娘ラーラ(ジュリー・クリスティー)は、弁護士コマロフスキーの誘惑から逃れるため、彼に発砲するという事件を起こした。 彼女は帝政打倒の革命に情熱をもやす学生パーシャ(トム・コートネイ)を愛していた。 1914年、ロシアは第1次大戦に突入し、ジバゴは医師として従軍した。 戦場で看護婦として働らくラーラに再会した彼は、彼女がすでにパーシャと結婚したのを知り、自分もまた家庭を持っていたが、ラーラへの愛をどうすることもできなかった。 それにパーシャは戦死したとの報告も入っていた。 その頃ロシアは内戦が激しくなり、ジバゴはモスクワの家族のもとへ帰った革命軍の手に帰したモスクワは、飢えと物資の不足にあえいでいた。 ジバゴが革命軍のリーダーで、義兄のエフグラフ(アレック・ギネス)に初めて会ったのはその頃だった。 義兄の勧めもあって、田舎で休養することにした彼は、旅の途中で白軍のスパイと間違えられ、赤軍の将校に尋問された。 この将校は、戦死と報じられていたパーシャだった。 彼は変わりはて、今や革命への狂信以外、何もない男になっていた。 ラーラとの愛も再燃した田舎での生活、ジバゴにとっては幸せの日が続いたが、ある日突然、彼はパルチザンの1隊にとらえられた。 妻に2人目の子供が生まれると知り、ラーラと別れる決心をした直後のことだ。 しかし彼は脱走し、ラーラのもとに帰ったが、2人の関係を知った妻が、子供をつれて、パリに亡命したと告げられた。 今や亡命者の夫となったジバゴと、すでに追放の身となっていたパーシャの妻ラーラの前に、コマロフスキーが現れた。 彼は2人に危険がせまっていると再三話し、ついに身重のラーラをつれて極東に去った。 8年後、ジバゴはモスクワの市街電車の中でラーラを見かけ必死に追ったが、かねてわずらっていた心臓発作で倒れ亡くなる。 何年か過ぎた。 エフグラフはダムの建築現場で働く若い娘(リタ・トゥシンハム)に出会った。 彼女は、ジバゴとラーラの間にできた私生児だ。 彼は両親のことを話してきかせ、ジバゴの詩集を贈りこう言った。 「彼の仕事は党には容れられなかったが、詩を愛する人は彼を忘れない。 彼ほど詩を愛した者はいなかった」と。 関連するキネマ旬報の記事.

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映画『ドクトル・ジバゴ』ネタバレあらすじ結末|映画ウォッチ

映画 ドクトル ジバゴ あらすじ

ドクトル・ジバゴの紹介:1965年アメリカ,イタリア映画。 ロシアの文豪ボリス・パステルナークの同名小説を映画化した長編大作です。 ロシア革命前後の動乱期を生きた医者で詩人の主人公ジバゴの波乱に満ちた生涯を、二人の女性への愛と共に描いています。 アカデミー賞で5部門(脚色賞、撮影賞、作曲賞、美術監督・装置賞、衣裳デザイン賞)を受賞しています。 ドクトル・ジバゴのネタバレあらすじ:起 ソ連軍の将軍エフグラフ・ジバゴ(アレック・ギネス)は、亡き義弟とその恋人との娘を探していました。 そしてようやく探し当てたのは、戦災孤児として生きて延び、今では建築現場で働いているターニャ(リタ・トゥシンハム)という若い娘でした。 両親の愛を知らずに育ったターニャに、エフグラフは父親である医師で詩人だった男の話を語り始めました。 時を遡ること19世紀末。 幼い頃に両親を亡くし、モスクワに住む親戚のアレキサンダー(ラルフ・リチャードソン)と妻アンナ(シオバン・マッケンナ)のグロミーコ夫妻に引き取られたユーリ・ジバゴ(オマー・シャリフ)。 1913年、ジバゴは医学生として勉学に励む傍ら詩人としての才能も開花させ、医師免許を取ると同時にグロミーコ夫妻の娘トーニャ(ジェラルディン・チャップリン)と婚約しました。 一方、同じくモスクワに住む17歳の女性ラーラ・アンチポワ(ジュリー・クリスティ)は洋品店を営む母アメリア(アドリアン・コリ)と2人で暮らしていました。 ドクトル・ジバゴのネタバレあらすじ:承 そんなある日、ラーラとコマロフスキーの関係を誤解したアメリアが自殺未遂を図り、コマロフスキーの頼みで友人の医師ボリス・カート教授(ジェフリー・キーン)が呼ばれ、その弟子だったジバゴも治療に同行することになりました。 ジバゴはそこで、ラーラとコマロフスキーのただならぬ関係を知ってしまいます。 やがてアメリアは一命を取り留め、ラーラはコマロフスキーにパーシャを紹介しますが、コマロフスキーはパーシャとの交際を止めるよう忠告しました。 そんなある時、コマロフスキーは洋品店に1人でいたラーラを襲い、その処女を奪いました。 クリスマスの夜、心に深い傷を負ったラーラはコマロフスキーに復讐するため、コマロフスキーが参加しているパーティーへ乗り込み、パーシャから借りた銃でコマロフスキーに発砲、パーシャの手引きで逃走しました。 腕を撃たれたコマロフスキーはその場に居合わせていたジバゴの治療を受けますが、ジバゴはラーラを蔑むコマロフスキーの発言に不快感を感じていました。 その後、落ち延びたラーラはパーシャと結婚、二人の間には娘のカーチャ(ルーシー・ウェストモア)が産まれました。 ドクトル・ジバゴのネタバレあらすじ:転 1914年に第1次世界大戦が勃発、ジバゴは軍医として野戦病院に赴任しました。 ジバゴはあのクリスマスパーティーでの出来事を覚えており、「あの勇気は尊敬するよ」とラーラを励ましました。 数ヶ月後、二人はそれぞれの場所に戻ることとなり、ジバゴはモスクワの自宅に戻りましたが、折からのロシア革命により状況は一変しており、ソビエト政府による富裕層への締め付けの強化によりジバゴ一家は貧しい生活を強いられることになりました。 そんな時、ジバゴは義兄で軍人のエフグラフと再会、彼の勧めで妻トーニャと息子のサーシャ、義父と共に田舎町ベルキノへの疎開の手配をしてもらいました。 ベルキノへ向かう汽車の中で、ジバゴはストレハニコフと再会しましたが、完全に革命に憑りつかれていらストレハニコフは妻ラーラへの愛を失っており、ラーラはベルキノの近くにあるユラティン村にいることを告げられます。 ベルキノでも貧しい生活を強いられたジバゴでしたが、ある日ジバゴはユラティン村でラーラと再会、二人は深く愛し合うようになっていきました。 ドクトル・ジバゴの結末 そんなある日、ジバゴは赤軍の義勇軍パルチザンに拉致され、軍医として働くよう強要されました。 何とかパルチザンを脱出したジバゴはラーラに助けられますが、ジバゴの家族は既にフランスへ出国したらしく、離れ離れになったジバゴはそのままラーラと生活を共にすることにしました。 やがてラーラはジバゴの子を身籠り、ジバゴも詩作に打ち込む日々を過ごしていましたが、ストレハニコフは戦禍の悪化と共に自ら命を絶ち、ジバゴとラーラにも危機が迫りつつありました。 ジバゴはラーラに別れを告げ、ラーラは赤軍から逃れる際に協力してくれたコマロフスキーの誘いを受け、カーチャと共に去っていきました。 その後、ジバゴはエフグラフの手引きでモスクワに医師の仕事を得ました。 月日が流れた1929年、ジバゴはモスクワの電車内でラーラらしき人物を見かけ、必死に跡を追いましたが、かねてから患っていた心臓発作に倒れ、ジバゴはラーラに会うことなく息を引き取りました。 ジバゴの葬式の席、エフグラフはラーラと会い、ジバゴとの間に生まれた娘と動乱の最中に生き別れたので探してほしいと頼まれました。 エフグラフは彼女の願いを聞き入れましたが、スターリン政権の圧政の最中、娘が見つからないままラーラは捕えられて労働収容所に送られ、そのまま姿を消しました…。 ターニャに全てを語り終えたエフグラフは彼女にジバゴの詩集を贈り、困惑したターニャは恋人と共にひとまずその場を離れることにしました。 しかし、ターニャの手にはジバゴが母から受け継いでいたパラライカがあり、エフグラフはパラライカの名手だったジバゴを想い「血筋だな」とターニャを見送りました。

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映画『ドクトル・ジバゴ』あらすじとネタバレ ロシア革命に翻弄された1人の詩人の愛の物語

映画 ドクトル ジバゴ あらすじ

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