やまもと りゅう けん。 『人生逃げ切り戦略』の著書のレビュー やまもとりゅうけんさんのビジネスの考え方について学ぶ

ブロガーなのに「やまもとりゅうけん」のnote読んでない?それ時間の無駄ですよ!|ながやまの子育て風ブログ

やまもと りゅう けん

生い立ち 山本隆玄 -やまもとりゅうけん- 1987年4月9日生まれ。 血液型はB型。 どうぶつ占いはオオカミ。 名前のモデルは漫画「北斗の拳」の登場人物「リュウケン」より。 ギリ、キラキラネームだと思います。 世紀末都市「東大阪」で育つ。 大阪最凶の危険地帯の一角、「東大阪」に生まれたにも関わらず、 全く擦れずに育ちました。 東大阪はヨハネスブルグみたいなところで、一歩外に出ればカツアゲに遭います。 友達も買ったばかりのゲームソフトを知らない高校生のお兄ちゃんによく横取りされてました。 そして、小学校の同級生の3分の1くらいは金髪。 たまに青とか紫とか。 あと、男の子は後ろ髪が長い。 タバコは吸うし、万引きは日課。 彼らの親を一言で表現するなら、「ウシジマくんの登場人物」。 「こんな環境に染まってやるものか」と思いながら、成績は常に上位をキープし、いじめられないよう不良少年達とも適度にコミュニケーションを取りながら幼少時代を過ごしました。 我ながら、上手く生き抜いたと思います。 父親の借金と交通事故。 父親が事業に失敗して貧乏生活を味わったり、家族旅行中に一家で対向車線のトラックとの衝突事故に遭って死の淵をさまよう(無事、全員生還)など、ビッグイベントが続きました。 しかし、 個人的には「話のネタになってラッキー」くらいの感覚でした。 お金は祖父が援助してくれてたから生活は保証されてたし、事故ったけど結局後遺症もなかったから。 むしろ、それ以来「人間、そうそう死にはしないだろう。 」という漠然とした自信が身につき、あらゆるものへのマインドブロックがなくなったように思います。 今、僕がフットワーク軽く、次々と新しいことに挑戦していけるのは、この幼少期の人格形成によるものが大きいと思っています。 でも、なにか失ってはいけないものも失ったような気がする。 知らんけど。 普通すぎて悶々としていた中学、高校時代。 中学、高校時代は部活でサッカーに打ち込み、1年の浪人生活ののち、神戸大学経営学部経営学科に入学。 いたって普通の青春を過ごしました。 本来、「普通でいること」がたまらなく嫌いなんですが、普通にみんながやってる事以外に夢中になれるものが見つけられなかったので、すごく悶々としていたのを覚えています。 自分はこんなもんじゃないぞ的な。 中二病。 実家にはまだ借金があったため、大学進学までにかかる費用は全て、会社経営をしている祖父に援助してもらいました。 祖父の財力がなければ今の自分はありません。 この頃から、資本主義国家ニッポンにおいて、「金は正義だ」と思うようになります。 僕が当時感じられていた「幸せ」は、祖父に保障された最低限度の生活の上で成り立っていたから。 就職後、社会の現実を知る。 「何か普通ではないことをやらなければならない」と思いすぎていた僕は、大学生になると意識高い系になってました。 学生団体とかいくつも入ってましたよね。 就職活動は、での優勝経験をネタに、当時リーマンショック直後の大就職氷河期にも関わらず、無双。 まず「手に職」を得ておこうということで、某大手IT企業のプログラマーを志望しました。 無事内定を獲得し、「貧乏だった僕もこれで上流階級の仲間入り」とか勘違いします。 ところが、就職後、新卒の収入のあまりの低さに衝撃を受けることに。 月の手取りは17万4千円で、週に4回以上は飲み会。 まじ貯まらなかった。 とはいえ、大企業。 勤め続ければきっと、豊かな生活が待ってるはずだという希望を持っていましたが、ある飲み会でたまたま、10年目の先輩の給料が年収700万円台だったのを知り絶望することに。 そんだけ残業させられてれば正直、1000万円くらいは余裕でいってると思ってた。 わりと優秀な人だったし。 そこでようやく、自分の理想の未来は今の自分の延長線上にはないんだということを理解しました。 会社に頼ってても仕方がないので、副業にフルコミットしてやった結果、数ヶ月後人事部にバレて呼び出しをくらうことに。 「副業続けるか、本業続けるかどっちにするんだ?」と問われました。 本来、副業禁止という就業規則に法的強制力はないので、ゴリ押しで会社に居座ることもできましたが、どうせ辞めようと思っていた会社、決断は早い方が良いということで、退社 という名の実質クビ を決断。 入社から11ヶ月目のことでした。 ちなみに同期で一番最初に辞めた。 それからは、節約のために、タダ飯奢ってもらいまくったり、ワンルームマンションに謎の板前のお兄さんと二人で住んでみたり、ゴミのような生活を経験。 それでも実家に戻って親元で面倒みてもらうというのだけは、プライドが許しませんでした。 ネットワークビジネスで人生の機微を知る。 当時の僕は某ネットワークビジネスを必死で頑張っていました。 もちろん、想像通りめちゃくちゃ大変でした。 達成のために沢山の借金をすることになったし、色んな人にも迷惑かけました。 僕にネットワークビジネスの話を持ってきた「大学時代の先輩」のことを、元々スーパーリスペクトしていたので、その権威性もあって、「この人が言うなら間違いない」と、とにかく盲目的にやっていました。 要するに、情弱だったわけです。 インターネットでの情報発信のように、もっと効率的に多くの人の役に立てて、お金も稼げる仕事があることも知りませんでした。 もちろんですが、今となってはネットワークビジネスはおすすめできません。 周囲に反対されてすぐに意気消沈する組織のメンバーのモチベーションを管理しつつ、自分がどんどん新しい人材を開拓していかないといけないから。 それ一本で生活を成り立たせるだけでもとんでもない労力が必要になります。 実は、このビジネスモデルが破綻していることには途中で気づいてたのですが、 「何も結果を残さないまま終わるのは死ぬより辛い」と変なプライドがあった僕は、最低限の目標 年収300万円程度 を設定し、無理やり達成しました。 これっぽっちの収入源を作るだけでも相当大変でした。 ほんと死ぬかと思いましたね。 それからはネットワークからは潔く手を引き、フリーランスでエンジニアをやりながら、ブロガーやユーチューバーとして情報発信し、収入源を分散させるようになります。 マルチでは良いことはほとんどなかったですが、強靭なメンタルと営業力だけは身につき、相当骨太になれたので、まったく無駄ではなかったかなとは思っています。 仮に当時の自分に戻ったとしても絶対やらないですけどね。 人生逃げ切ることを決意。 ネットワークビジネスで作った借金400万円(奨学金合わせると800万円近く)を返さなくてはいけないので、とりあえずお金になりそうなものは何でもやってみました。 そしたら、何でも結果が出るんですよね。 もちろんブログにしてもYouTubeにしても、ぬるい仕事なんてひとつもない。 たくさん試行錯誤もしました。 だけど、ネットワークビジネスと比べると楽勝すぎてビビります。 「え、お金を稼ぐのってこんなに簡単だったっけ?」的な。 借金も一瞬で完済しましたね。 そして、現在、「人生逃げ切る」という意識の低い目標に向かって意識高く取り組むコミュニティ「」を運営。 サロン内に集積されたノウハウを実践し、ゲームを楽しむかのように商売に取り組んでおります。 【参加者1,000人超えました】 多様性が半端なく、WebとITにおけるほぼ全領域を網羅。 「オーナーよりも格上」が在籍してる率No. 1な気がしていて、僕自身が日々学ばせてもらっております。 上澄みでコンサルチームつくりました。 自分と近い価値観を持っているけど、自分とは全く違う体験をしてきていて、多くの気づきを与えてくれるような存在。 そんな人達と出会えるチャンスがブログにはあるのではないかと。 ブログはインバウンドマーケティング事業として見た時、可能性に満ち溢れたものだと感じています。 ブログに投稿した過去の体験談が検索で読まれる度に、勝手に誰かの役に立って、勝手に僕の価値が増えていくんですよ。 これはとても素晴らしいことです。 営業、勧誘などの仕事は全て焼畑農業です。 どれだけうまくやったところで、必ずどこかで誰かを不快な思いにさせるし、それでもしモノが売れたところでその時限りの収入を得るだけです。 いつか終わりがくる儚い商売。 だけど、ブログやYouTubeという媒体を通して自分が提供できる価値を社会に発信していくことで、永続的な価値を生み出せる可能性があります。 しかも、初期費用もランニングコストもほとんどかからない。 収益だって青天井で伸ばせますからね。 マルチ商法とかやってた僕からすると、こんなに美味しい話なかなかないので、みんな情報発信やればいいと思うんですけどね。 厳選!おすすめ記事3種 当ブログのおすすめのカテゴリーを3つ紹介しておきます。 やまもとりゅうけんがフリーランスエンジニア体験談を語る りゅうけんの妻への想い 借金が400万円あった時、気分転換に妻と横浜デートに出かけたもののずっと元気が出なくて、そんな時妻から、 「おい!元気だせよ!私がおるから何とかなるって!ほらあの観覧車のろ!ほんで明日からまた頑張ろ!」 って言われた。 一生ついていこうと思ったし、今思い出しても泣けてくる。 — やまもとりゅうけん 妻の養分 ryukke 最後に、妻へ一言。 僕が借金まみれだった頃から、僕を支えまくってくれたあなたに恩返しするため、ブログやYouTubeで稼いだお金は全てお渡します。 子育てもがんばります。 一生ついていきます。 僕が借金まみれだった頃、今の妻が僕を励ましながらいつも食事代出してくれてて、「なんていい人なんだ!」と思ってそれでけっこう惚れた。 ちなみに昨日と今日、連続で妻に高い焼肉奢らされた。 jpを宣伝し、商品にリンクをすることによって、サイトが紹介料を獲得できる手段を提供することを目的に設定された、アフィリエイト宣伝プログラムである「Amazonアソシエイト・プログラムの参加者」です。

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【ブログはじめて2年半】年収3000万円圏に到達したのでこれまでの試行錯誤をまとめてみた|やまもとりゅうけん|note

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追記:日本のオンラインサロンランキングでなんとホリエモンを抑えて堂々の3位! 弊サロン「 」がなんと3位にランクインしてますね〜。 これはそろそろAbemaやNewsPicksは僕を番組ゲストに呼ぶべきですね〜。 ブロガーのjikuasiです さて、先日、 プロブロガーのやまもとりゅうけん氏からこんなお声が。 りゅうけん「今晩焼肉行くから来い(深夜2時)」 ええええ~!!!! 召喚される。 この後、わたしはやまもとりゅうけん氏との初対面の場を迎えます。 やまもとりゅうけん氏とは 大阪在住、自称「最も無名なプロブロガー」 月間6万PVで収益75万円を叩き出すブログモンスター。 ブロガー界の影のボス。 歯に衣着せぬもの言いで、界隈では知らないものはいないほど。 今まで自分を否定してきた人間には、結果で復讐するんですよ。 「ほ〜らほらほら、俺はもうこんなとこまできたよ〜wえっ?お前らまだそんなとこにいるの〜wぶふふw」って。 — やまもとりゅうけん ryukke インターネットで100回ディスられた時に、100人に嫌われたと勘違いするのはアホ。 せいぜい2〜3人のウルトラアホが、姿を変えつつ、たまたま自分に向けて100回分の暇を消費しただけと思っとくべし。 — やまもとりゅうけん ryukke やばい…ぜったいこわい人や…(確信) 何か粗相を起こそうものなら、日本刀やら手裏剣やらまきびしやら、ありとあらゆる言葉の武器を使って小一時間問い詰められるに決まってる。 今日はガチや…。 心して待ち合わせの店に向かう。 時間が迫るに連れて高まる緊張。 得意の方向音痴を発動しながらもなんとか時間までに到着。 おそるおそる指定された店に入る。 どきどき… とここで、彼に実際に会ったことのある方達のコメントを思いだす。 「りゅうけんさん、実際はめっちゃ優しかった!」 「りゅうけんさん、ほんまイイ人!ブログと全然違う!」 いやいやいやいや、そんなわけが… ホンマや!!!!!!(安堵) てか、 ホントに実在したんだ!笑 なんか、所作がかわいい!笑 そして奥様もいらっしゃる! ネットでよく見てた人に実際に会うってなんかすごい変な気持ち… 良い意味で。 目の前にご夫妻を望むこの構図から 最近自分の頭の中にあった、森友学園の例の夫妻に一瞬見えそうになる。 籠池夫妻を頭からどけて目の前の山本夫妻に集中する。 りゅうけん「jikuasiさんはお仕事なにされてるんですか?」 わ、わたくしごときに興味を持って頂けているなんて!! jikuasi「あわわわ、ふ、ふぇ、仕事してます!」 だめだこりゃ。 笑 大阪北浜のコスパ最強焼肉「七つ星」 大事なことを忘れていました。 肉である。 今回お邪魔しましたのは、りゅうけん氏がブログでも紹介していた大阪北浜のコスパ最強焼肉「七つ星」 ブログ記事は拝見していたので、行きたいなーと思っていたところでした。 もうね、 まずスティックの野菜が美味い。 ディップする味噌的なやつが美味いのか、野菜そのものが美味いのか、定かではないが、とにかく美味い。 そして、肉である。 「ッッ!!」 美味そう過ぎる。 これ絶対高いやつやん。 名札付いてるタイプの肉は必ず6000円以上はすると相場が決まっていたはず…(そんなものは無い) でも、実際、安い!半額以下です!(詳しくはりゅうけんさんのやつ見て!) もちろん美味い! カルビとか!!おおおお!!! そして特典で無料のハラミ!! 何?無料って。 ナメてるんですか?(ありがとうございます) どれもこれもめちゃ美味い。 お肉が柔らかいし、タレにも合う。 ビールが進む。 燃え盛るタン塩… ほんで奥様がわたしの為にお肉焼いてくれてる… めっちゃ優しい…!(尻に敷かれているというお噂は嘘ですよー!) ちなみに今回同席したお2人のブロガーさんとも初対面。 お肉たちを前に繰り広げられるハイレベルな会話。 まだまだスライムレベルのわたしはついて行けず終始、 jikuasi「あ、あわわわふ、(肉美味いな…)」 ワードプレスの話になっている最中も、 jikuasi「あわわわ(ウィジェットってなんなんだろう…(肉美味いな…)」 そうこうしてる間にあれよあれよと話は進み、腹は膨らみ、酒もまわり、あっという間に3時間半も。 終始ふわっふわ~としていました。 ~感想~ ホントに実在したんだ!!!笑 皆様ありがとうございました。 とっても楽しかったです。 今回同席させてもらった方のブログはこちら。 さきさん(奥様)のブログ : ワカヤマさんのブログ: なべさんさんのブログ: 焼肉屋「七つ星」へのアクセスはこちら。 りゅうけんの人生逃げ切りITサロン ちなみに、今回なぜこのようなことになったかと言うと、 りゅうけん氏の運営するオンラインサロンに入ってみたからです。 サロン開始から10日ほどで、ボスにお呼ばれして酒を飲むという機会に恵まれてて非常に感謝しております。 あしからず。 じくあし。 アラサーで結婚が決まった瞬間に5年半務めた営業職を辞める。 IT系の道に進み、派遣ネットワーク運用保守、SES、Web系ベンチャーと渡り歩き、Webディレクター。 生息地は奈良。 哲学に勤しんだ故の絶妙に無責任かつ奔放な文章力に定評あり。 ゴーストライター出版2冊。 ウクレレ講師YouTuberとしても活躍中で、オンラインレッスンが大好評。 herokuapp.

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「知っているかいないか」で大きな差がつく! 人生逃げ切り戦略 やまもとりゅうけん:一般書

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こんにちは、やまもとりゅうけんです。 ブログをはじめて2年半、20代の頃目標にしていた「年収3000万円」がほぼほぼ達成というか、目前に迫ってきました。 これには感慨深いものがあります。 いやね、20代の頃は超極貧生活してたんですよ。 1階に中華料理屋が入ってる新宿のボロアパートの3階に夫婦で住んでた時、玄関に現れたゴキブリを外に追い出したら、10分後にドアの下の小さな隙間から帰ってくるのを見ました。 その時、一刻も早くここから出ようと思って情報発信はじめました。 当時派遣社員としてエンジニアやってた僕の年収は300万円ほど。 その頃はネットワークビジネスもやっててそれも年収300万円くらいのボリュームはあったんですが、売上はもちろんネットワークビジネスで全部飛んでいってたので、実際のところほぼゼロ。 むしろ借金は400万円ほどありました。 そこから、ネットワークから足を洗ってブログも始めて、はや4〜5年経ち、当時の年収の10倍くらいになり、借金も完済し、随分人生変わりました。 ブログよ!ありがとう! 今回は、僕がどういう考え方で情報発信に取り組み、結果を出してきたのか、その試行錯誤をまとめてみました。 これからブログで食っていきたいみたいな人の参考になればと。 収入の内訳 まず、収入の内訳をざっくり説明します。 最近の僕の月収アベレージは大体250万円くらいです。 うち、アフィリエイトで120万円、オンラインサロンで70万円、業務委託で50万円、noteやその他 物販、FXなど で10万円といったところ。 ブログで稼いでるというより、ブログは「起点」になっていますが、ブログ以外にもYouTube、Twitter、noteとチャネルを増設し、それらから複合的に収入を得ています。 業務委託はIT開発ですがこれは趣味です。 僕にはプロブロガーのようなカリスマはないので、バズらせたり、個人スポンサーを受けて稼ぐようなことはできません。 そのため、彼らとの真っ向勝負をいかに避けるかということばかり考えてやってきました。 プロブロガー半端ない プロブロガー半端ないって、ちょっとTwitterでスポンサー募集するだけで一瞬で純広告取れるもん。 そんなんできひんやん普通。 っていう。 いやまじで。 そんなの普通できないです。 彼らと同じことを言っても、彼らはバズるし、僕はバズりません。 これは何度も検証しました。 発信者として超えられない壁がそこにあります。 だって、炎上なんてしないもん。 何で会社辞めただけで炎上とかするんだよ。 別に意図的に炎上しようとは思わないけど、自分には無理です。 あれは明らかに才能です。 だけど、収入で言えば、まあそんなに負けてないはず。 結局、稼ぐことと影響力を獲得することはリンクしてるようでリンクしてません。 僕ら非カリスマは頭を使えばいいんです。 先天的カリスマは無くても、オンラインサロンで380名以上集客できるし、年収3000万円だって到達可能です。 証明済み。 自分だけの道を目指す みんなわかってるようでわかってないのがこれ。 右ならえではなく、自分だけの活路を見出すこと。 これが非カリスマの生存戦略の全てだし、差別化というやつです。 さて、みんな有料noteとか有難がって読むじゃないですか。 それ自体は別に悪いことじゃないですよ。 先人達の知見がそこに凝縮されてるわけで僕も非常に参考にしています。 だけど、彼らの知見の上に自分のやることを見出してたら、彼らと同じ方向にしか進めないわけです。 そうすると、本人には絶対に勝てないのでジリ貧。 そうじゃなくて、自分のやるべきことの上で彼らの知見を活用するんです。 もちろん守破離は大事ですよ。 型は守らないといけない。 だけど、「型」の本質をほとんどの人はわかっていません。 型とは「考え方」なんです。 誰かのやってきたことをまるまるコピーするのはちょっと違います。 稼いでる人間の「考え方」を抽出する 僕がブログをはじめた時はそれはもう色んなブログを参考にしました。 月収数十万円から数百万円、数千万円レベルの発信者までそれはもう研究しまくりました。 そうすると、一定の法則性みたいなものが見えてくるんですよ。 記事の書き方、サイドバーのウィジェットの並び方から、マネタイズの仕方まで。 そこに共通した考え方がいくつかあって、 ざっくり言うと「ユーザーファースト」という言葉でまとめられるんだけど、その考え方だけをひたすら自分にインストールする感じ。 記事を書く時も、あのプロブロガーがこのテーマを扱ったら序文はどういう感じに表現するだろうか、みたいなのをひたすら想像して書いていく。 僕はこれこそ「型を守る」だと思っています。 情報発信は他の誰とも被らない自分が好きなことを発信するのが一番なんです。 ただ、思考回路だけは先人のものを借りて実行するというだけ。 このニュアンスがうまく伝わるか不安だけど。。 僕は20代フリーランスエンジニアという比較的珍しいキャリアを持っていたので、それをSEOコンテンツの中心に据え、とことん現実主義の合理主義キャラでオピニオン書いてフォロワー増やしてLINE でリスト取っていこう 後々役立つだろうと思ったので というイメージを初期段階から持ってました。 誰にも再現できないポジションを攻めてやろうと。 ただし、考え方だけは先人と全く同じで。 オンラインサロンをはじめた 2016年の終わり頃からオンラインサロンがブームで、当時既にLINE の読者が800人程度いた僕は、「りゅうけんさんもやらないんっすか??」みたいなことをしょっちゅう言われてたので、あまり流行りには乗らない僕もちょっと心が揺れてきました。 結局、2017年2月に「人生逃げ切りサロン」を立ち上げることになるんですが、ここにも試行錯誤がありました。 まず、「ブログ」を題材にしたオンラインサロンは絶対にやめようと。 ぶっちゃけブログって、「テーマ決めて、セールスライティング勉強して、続ける」というだけなので、サロンにするとコンテンツが非常に薄くなります。 必然的に仲良しグループ要素が濃くなっちゃう。 また、ネットワークビジネスの経験から、「こちらからGiveし続けないといけない構造のコミュニティはめちゃくちゃしんどい」ということを知っていたので、 どうせなら自分が運営しつつも自分が学ばせてもらえるコミュニティ設計にしようと考えました。 僕は当時既に 「ブロガーという枠から出ないとヤバイ」と感じていたので、僕自身がブログ以外の知見を得られるよう、「スモールビジネスならなんでも来い!」というオンラインサロンにしたんですよね。 結果、ネット物販、FX、仮想通貨、資産運用、プログラミング、その他もろもろの猛者が沢山入ってくれて、それぞれが相互作用もおこし、僕の知りたい情報にいつでもアクセスできる環境を整えることができました。 僕の収入の10倍以上稼いでる人なんかも普通に参加してくるので、思惑通りになってます。 完全に自分のための環境を作った感じ。 そこに魅力を感じてくれる人が僕と同じように価値を享受してもらえたらよくない?という考え方でやってます。 今では参加者380名を超え、月額1980円という儲ける気ゼロの価格設計ですが、それでも月商70万円以上になっててバカにならないです。 これからサロンやりたい人は、自分が今持っているスキルから逆算してコミュニティ設計するより、自分が何を得たいかを軸に設計した方が全然伸びシロありますよ。 ワンピースのルフィみたいにビジョンを描けば、自分にはないスキルを持った同士が自ずと集ってくれるもんです。 そのためにブログやTwitterで日々発信する感じ。 ブロガーがやらなさそうなことをやる 僕はみんなと同じことをやってる時ほど不安になる性格です。 会社を辞めたのもその性格が起因しています。 だからこそ、どっぷりブログの世界に浸かれば浸かるほど、めちゃくちゃ不安でした。 これは思ってる人沢山いると思うんですけど、この業界内輪ノリすごいじゃないですか。 無思考な人達が誰かの真似して既視感のあるブログ書いて、プロブロガーの周りで群れて、わいわいうぇいうぇいやってる感じ。 本人達が楽しければそれでいいと思うし、批判する気もないんですけど、彼らの様子をみて僕は「ブロガー」という枠にとどまり続けることへの恐怖みたいなのを感じちゃうんですよね。 だからこそ、ブロガーがやりそうなことをやらず、ブロガーがやらなさそうなことをやってきました。 例: YouTubeで発信する ネット物販で稼いでみる 妻にFXで稼いでもらう 「ブログサロン」はやらない 高知県に行かない Macbookプレゼントしない 王道には反してはいるし、一般的なブロガーからの信頼みたいなのは全然勝ち取れてないと思いますが、一人勝ちできる状況は整ってきたように思います。 ちなみに、YouTubeはかなり威力ありますよ。 voicyなんて目じゃない。 ネット物販もブロガーがガチで参入したらえらいことになろうだろうな。 でも、みんなやらないから助かってます。 今思ってるのはアフィリエイトから脱却することです。 もちろん、自分が素直に良いと思ったサービスはこれまで通りおすすめしていくつもりですが、収入源としては優先順位を落とそうかなと。 アフィリエイトって、効率的なビジネスではあるんですけど、やっぱり月に数千万円数億円稼ぐにはパワーが足りないんですよ。 他人のふんどしで勝負する以上、大きくスケールはできません。 アフィリエイトで月商500万円あたりを超えたらそのままアフィリエイトに全力投球するより、実業に展開した方が効率良いと思うんですよね。 500万円の不労収入のおかげでリスクも取れるし。 アフィリエイトで稼いで、コミュニティも作ったら後は、もう実業くらいしかやることないなと。 何やるかは全然決まってないですが、「エンジニア」という文脈は活かすことになると思います。 まあ、こういうのはタイミングがあって、突然ポンっと降りてくるもんなんだろうなと思います。 その時に頑張ろ。 さいごに:お金には興味ないけどお金を稼ぐのは楽しい 収益報告なんてすると金の亡者みたいな扱われ方をしがちなんですが、実際のところ、僕はあまりお金には興味ありません。 死なない程度に安定供給されればそれで十分です。 ファッションや旅行にもそこまで興味ないし、食べ物はB級グルメでも十分満足できるし、お金を使わないといけない趣味を一切持っていません。 だけど、お金を稼ぐこと自体は好きなんですよね。 これはただテトリスのハイスコアを狙うのが楽しいのと同じ。 稼ぐためには価値提供しないといけないし、稼いだら沢山納税させられるのでみんなの役に立てていいですしね! 年収300万円でゴミのような生活を送っていた僕ですが、情報発信で当時の10倍近くの収入が得られるようになりました。 だけど、これで満足しているわけではないし、さらに上を目指そうと思ってます。 独自路線というか、王道を避けつつ、これまで通り元気にやっていきたいと思います。 というわけで応援よろしくお願いします。

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