辻 菜摘 現在。 辻菜摘 ブログ, 小川菜摘さんのブログです。最近の記事は「おはようございます (画像あり)」です。小川菜摘オフィシャルブログ「小川菜摘のlove blog~!!」powered by ameba 小川菜摘オフィシャルブログ「幸せだから笑うんじゃなく、笑う

佐世保事件・辻菜摘の現在!小6被害者と加害者の関係・その後も総まとめ

辻 菜摘 現在

出典: 「佐世保小6女児同級生殺害事件」の加害者については、当時11歳だった辻菜摘さんとなります。 辻さんの実家は長崎県佐世保市内の山間部にあり、祖母や両親に加えて、事件当時商業高校に通っていた姉のいる 5人家族でした。 生命保険会社のサラリーマンをしていた父親が1995年頃に脳梗塞で倒れ、一時期的に寝たきり状況に陥ってしまいますが、母親がパートに働きに出て家計を支えるなどして危機を乗り越えました。 その後リハビリの末に社会復帰をした父親が、自宅で保険代理店を営みながらおしぼり配達のアルバイトに励むなどしていたため、辻家は経済的に困窮することはなかったそうですね。 加害者・辻菜摘は内向的で自己主張の苦手な少女 日本の少年犯罪史に残る凶悪犯罪を犯してしまった辻菜摘さんですが、事件後面談をした児童相談所の職員からは、内向的で自己主張が苦手な少女だったとの評が残っています。 事件後、A子に面談し会見を開いた児童相談所は「 ごく普通の女の子。 ごく普通の家庭に育っている。 成績もよく、頑張り屋」だと語っている。 一方で、ごく普通ではあるが、自分をうまく表現できず、自己主張が弱い子どもだとも。 引用: 辻さんの性格が内向的に育ってしまった理由については、前述の父親の闘病生活絡みのドタバタにより、両親に構ってもらえない幼少期を過ごしたことも無縁ではなかったように思われます。 出典: 辻菜摘さんの家は人里離れた山間部にあったため、大久保小学校には路線バスを利用して通う数少ない生徒の1人でした。 辻さんが通学のために用いている路線バスは利用者が少なく赤字であったため、1時間に1本しかバスの通らない過疎路線でもありました。 そのため、父親からは帰りのバスの時間に乗り遅れないようにと厳しく言いつけられていた辻さんは、放課後にクラスメイトたちと遊ぶことも出来ない状況だったと言われております。 持ち前の内向的な性格に加えて、放課後にクラスメイトたちと一緒に遊ぶことも困難だった環境は、友達作りにもそれ相応に悪影響を与えていたようで、辻さんはクラスで孤立こそしていなかったものの、親友はいなかったそうですね。 加害女児はネバダたんなどと呼ばれ、沢山の画像が描かれました。 事件の衝撃と加害者が小学生という事でちょっとしたブームになりました。 加害者はもう23ぐらいですが何をしているのでしょうね — 木村屋 kimuraya 佐世保の女子小学生殺人事件について調べてた ネバダたんって今なにやってんやろ 佐世保住みで同姓同名の人見つけたけど本人なのかね、改名してるとは思うけど似てるような気がする— らいたーくん sironoraita 少年犯罪を描く書を最近読んでます。 恭二さんは、昔気質の部下を可愛がるタイプの男性だったようで、独身の部下を自宅に招いては、自ら手料理を振舞う日々が続いたようですね。 御手洗怜美さんら子供たちも人懐っこい性格をしていたらしく、佐世保支局の社員たちとは家族同然の付き合いだったと言われております。 母・直美さんが病死して間もなかった御手洗家ですが、恭二さんのオープンな性格も手伝い、笑顔の絶えない日々が続いていました。 「佐世保小6女児同級生殺害事件」辻菜摘の御手洗怜美さん殺害動機…交換日記を巡りトラブルに? 辻菜摘と御手洗怜美さんは友人以上親友未満の関係だった 出典: 大久保小学校での御手洗怜美さんに関しては、転校早々にクラスに馴染んでおり、自宅に友達を招いては、お菓子作りやテレビゲームを楽しむ姿を毎日新聞佐世保支局の面々に目撃されています。 御手洗さんと辻菜摘さんの関係性については、同じミニバスケチームに所属していた他、絵を描くことが趣味という共通点もあり友人同士ではあったものの、御手洗さんのメインの遊び仲間の中に辻さんは含まれていなかったと言われております。 とはいえ、2人がプライベートでまったく遊ぶ機会がなかったわけではなく、ミニバスケの練習後に御手洗家に招かれた辻さんが、一緒にテレビゲームに興じることは何度かあったようです。 辻菜摘、ミニバスチーム退部をきっかけに問題言動が目立つように 出典: ミニバスケチーム退部後の辻さんには、学校の授業中に居眠りを始めた他、突然ストレートパーマをかけて学校に登校して来るといった分かりやすい異変が起こっていました。 さらに辻さんは、 放課後にクラスメイトの男子を追い掛け回して暴力をふるったことまであったらしく、この時点で学校側が何らかの対処をしていれば、「佐世保小6女児同級生殺害事件」は防げていたかもしれませんね。 しかしながら、辻さんの小学5年時のクラスは学級崩壊状態にあり、授業進行もままならない状況が続き、クラスでイジメ蔓延するどころか、担任の女性教師が生徒から暴力を振るわれることすらあったそうですね。 担任の女性教師がクラス運営に手一杯だったせいもあり、辻さんの問題行動は職員室の議題にあげられることもなく、黙殺されてしまうことになりました。 辻菜摘、御手洗怜美さんとの軋轢の原因は交換日記 ミニバスケチームを退部してからは、素行不良問題が顕在化し始めていた辻菜摘さんですが、この段階では、まだクラスメイトたちとの関係は良好だったそうですね。 出典: 辻さんは、2004年3月頃から御手洗怜美さんら数名のクラスメイトたちと交換日記を始めていた他、当時流行していたポ-タルコミュニケーションサイト「カフェスタ」を利用して、仲間内でチャットを楽しむなどしていた時期もありました。 そんな辻さんの楽しい時間が壊れてしまったのは、同年の5月上旬のことでした。 辻さんが交換日記の文章の終わりに「NEXT 〇〇(仲間の名前)」と、「NEXT」の文字を使い始めたところ仲間内で大ウケし、真似をする女児たちが続出することになります。 本来なら怒る必要性もない仲間内の流行でしたが、辻さんにとっては怒りのスイッチに触れてしまう行為だったらしく、「NEXTの使用は真似しないで!」と交換日記内で大ギレしてしまいました。 出典: 「佐世保小6女児同級生殺害事件」に関しては、辻菜摘さんが猟奇小説「バトル・ロワイヤル」の愛読者であったり、R-15指定のホラー映画を好んでみていたとの情報から、マスメディア内ではホラー作品に対するバッシングの声も高まりました。 実際の話、辻さんは2004年2月から5月にかけて、「カフェスタ」内の自身のHPに「バトル・ロワイヤル」を模したネット小説を投稿しており、大いに影響を受けた作品ではあったようですね。 しかしながら、辻さんが参考にした殺害方法は、事件前日となる5月31日に放映された SPドラマ「ホステス探偵危機一髪」内の殺人シーンだったようです。 ちなみに、第6シリーズまで作られた人気SPドラマだった「ホステス探偵危機一髪」ですが、「佐世保小6女児同級生殺害事件」のせいで以降の新作が作られることはありませんでした。 「佐世保小6女児同級生殺害事件」のその後…辻菜摘の家族は一家離散 辻菜摘、刑事責任は問われずに「国立きぬ川学院」に送致 出典: 「佐世保小6女児同級生殺害事件」後の辻菜摘さんですが、当時の少年法で刑事責任を問えるのは14歳以上からだったため、 栃木県さくら市にある児童自立支援施設「国立きぬ川学院」に送致されることになりました。 厚生労働省組織令第135条による国立児童自立支援施設として、児童福祉法第44条に規定する不良行為をなし、又はなすおそれのある児童及び家庭環境その他の環境上の理由により生活指導等を要する児童であって、特に専門的な指導を要するものを入所させて、その自立支援を行い、あわせて全国の児童自立支援施設における児童の自立支援の向上に寄与することを目的としている。 引用: 「国立きぬ川学院」送致後の辻さんについては、職員に対して従順な模範生だったらしく、施設内の集団生活でも目立ったトラブルはなかったと言われております。 とはいえ辻さんは、面会にやって来た家族に対して冷静な態度を取りホームシックにかからないなど、年頃の少女らしかぬ一面を見せることもあったようですね。 施設を訪れた両親との面会では、女児は冷静な態度を見せたという。 世間話などはするものの、両親が帰った後は何事もなかったかのように過ごし、ホームシックにすらならなかったという。 引用:.

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子供が犯した殺人事件まとめ

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出典: 「佐世保小6女児同級生殺害事件」の加害者については、当時11歳だった辻菜摘さんとなります。 辻さんの実家は長崎県佐世保市内の山間部にあり、祖母や両親に加えて、事件当時商業高校に通っていた姉のいる 5人家族でした。 生命保険会社のサラリーマンをしていた父親が1995年頃に脳梗塞で倒れ、一時期的に寝たきり状況に陥ってしまいますが、母親がパートに働きに出て家計を支えるなどして危機を乗り越えました。 その後リハビリの末に社会復帰をした父親が、自宅で保険代理店を営みながらおしぼり配達のアルバイトに励むなどしていたため、辻家は経済的に困窮することはなかったそうですね。 加害者・辻菜摘は内向的で自己主張の苦手な少女 日本の少年犯罪史に残る凶悪犯罪を犯してしまった辻菜摘さんですが、事件後面談をした児童相談所の職員からは、内向的で自己主張が苦手な少女だったとの評が残っています。 事件後、A子に面談し会見を開いた児童相談所は「 ごく普通の女の子。 ごく普通の家庭に育っている。 成績もよく、頑張り屋」だと語っている。 一方で、ごく普通ではあるが、自分をうまく表現できず、自己主張が弱い子どもだとも。 引用: 辻さんの性格が内向的に育ってしまった理由については、前述の父親の闘病生活絡みのドタバタにより、両親に構ってもらえない幼少期を過ごしたことも無縁ではなかったように思われます。 出典: 辻菜摘さんの家は人里離れた山間部にあったため、大久保小学校には路線バスを利用して通う数少ない生徒の1人でした。 辻さんが通学のために用いている路線バスは利用者が少なく赤字であったため、1時間に1本しかバスの通らない過疎路線でもありました。 そのため、父親からは帰りのバスの時間に乗り遅れないようにと厳しく言いつけられていた辻さんは、放課後にクラスメイトたちと遊ぶことも出来ない状況だったと言われております。 持ち前の内向的な性格に加えて、放課後にクラスメイトたちと一緒に遊ぶことも困難だった環境は、友達作りにもそれ相応に悪影響を与えていたようで、辻さんはクラスで孤立こそしていなかったものの、親友はいなかったそうですね。 加害女児はネバダたんなどと呼ばれ、沢山の画像が描かれました。 事件の衝撃と加害者が小学生という事でちょっとしたブームになりました。 加害者はもう23ぐらいですが何をしているのでしょうね — 木村屋 kimuraya 佐世保の女子小学生殺人事件について調べてた ネバダたんって今なにやってんやろ 佐世保住みで同姓同名の人見つけたけど本人なのかね、改名してるとは思うけど似てるような気がする— らいたーくん sironoraita 少年犯罪を描く書を最近読んでます。 恭二さんは、昔気質の部下を可愛がるタイプの男性だったようで、独身の部下を自宅に招いては、自ら手料理を振舞う日々が続いたようですね。 御手洗怜美さんら子供たちも人懐っこい性格をしていたらしく、佐世保支局の社員たちとは家族同然の付き合いだったと言われております。 母・直美さんが病死して間もなかった御手洗家ですが、恭二さんのオープンな性格も手伝い、笑顔の絶えない日々が続いていました。 「佐世保小6女児同級生殺害事件」辻菜摘の御手洗怜美さん殺害動機…交換日記を巡りトラブルに? 辻菜摘と御手洗怜美さんは友人以上親友未満の関係だった 出典: 大久保小学校での御手洗怜美さんに関しては、転校早々にクラスに馴染んでおり、自宅に友達を招いては、お菓子作りやテレビゲームを楽しむ姿を毎日新聞佐世保支局の面々に目撃されています。 御手洗さんと辻菜摘さんの関係性については、同じミニバスケチームに所属していた他、絵を描くことが趣味という共通点もあり友人同士ではあったものの、御手洗さんのメインの遊び仲間の中に辻さんは含まれていなかったと言われております。 とはいえ、2人がプライベートでまったく遊ぶ機会がなかったわけではなく、ミニバスケの練習後に御手洗家に招かれた辻さんが、一緒にテレビゲームに興じることは何度かあったようです。 辻菜摘、ミニバスチーム退部をきっかけに問題言動が目立つように 出典: ミニバスケチーム退部後の辻さんには、学校の授業中に居眠りを始めた他、突然ストレートパーマをかけて学校に登校して来るといった分かりやすい異変が起こっていました。 さらに辻さんは、 放課後にクラスメイトの男子を追い掛け回して暴力をふるったことまであったらしく、この時点で学校側が何らかの対処をしていれば、「佐世保小6女児同級生殺害事件」は防げていたかもしれませんね。 しかしながら、辻さんの小学5年時のクラスは学級崩壊状態にあり、授業進行もままならない状況が続き、クラスでイジメ蔓延するどころか、担任の女性教師が生徒から暴力を振るわれることすらあったそうですね。 担任の女性教師がクラス運営に手一杯だったせいもあり、辻さんの問題行動は職員室の議題にあげられることもなく、黙殺されてしまうことになりました。 辻菜摘、御手洗怜美さんとの軋轢の原因は交換日記 ミニバスケチームを退部してからは、素行不良問題が顕在化し始めていた辻菜摘さんですが、この段階では、まだクラスメイトたちとの関係は良好だったそうですね。 出典: 辻さんは、2004年3月頃から御手洗怜美さんら数名のクラスメイトたちと交換日記を始めていた他、当時流行していたポ-タルコミュニケーションサイト「カフェスタ」を利用して、仲間内でチャットを楽しむなどしていた時期もありました。 そんな辻さんの楽しい時間が壊れてしまったのは、同年の5月上旬のことでした。 辻さんが交換日記の文章の終わりに「NEXT 〇〇(仲間の名前)」と、「NEXT」の文字を使い始めたところ仲間内で大ウケし、真似をする女児たちが続出することになります。 本来なら怒る必要性もない仲間内の流行でしたが、辻さんにとっては怒りのスイッチに触れてしまう行為だったらしく、「NEXTの使用は真似しないで!」と交換日記内で大ギレしてしまいました。 出典: 「佐世保小6女児同級生殺害事件」に関しては、辻菜摘さんが猟奇小説「バトル・ロワイヤル」の愛読者であったり、R-15指定のホラー映画を好んでみていたとの情報から、マスメディア内ではホラー作品に対するバッシングの声も高まりました。 実際の話、辻さんは2004年2月から5月にかけて、「カフェスタ」内の自身のHPに「バトル・ロワイヤル」を模したネット小説を投稿しており、大いに影響を受けた作品ではあったようですね。 しかしながら、辻さんが参考にした殺害方法は、事件前日となる5月31日に放映された SPドラマ「ホステス探偵危機一髪」内の殺人シーンだったようです。 ちなみに、第6シリーズまで作られた人気SPドラマだった「ホステス探偵危機一髪」ですが、「佐世保小6女児同級生殺害事件」のせいで以降の新作が作られることはありませんでした。 「佐世保小6女児同級生殺害事件」のその後…辻菜摘の家族は一家離散 辻菜摘、刑事責任は問われずに「国立きぬ川学院」に送致 出典: 「佐世保小6女児同級生殺害事件」後の辻菜摘さんですが、当時の少年法で刑事責任を問えるのは14歳以上からだったため、 栃木県さくら市にある児童自立支援施設「国立きぬ川学院」に送致されることになりました。 厚生労働省組織令第135条による国立児童自立支援施設として、児童福祉法第44条に規定する不良行為をなし、又はなすおそれのある児童及び家庭環境その他の環境上の理由により生活指導等を要する児童であって、特に専門的な指導を要するものを入所させて、その自立支援を行い、あわせて全国の児童自立支援施設における児童の自立支援の向上に寄与することを目的としている。 引用: 「国立きぬ川学院」送致後の辻さんについては、職員に対して従順な模範生だったらしく、施設内の集団生活でも目立ったトラブルはなかったと言われております。 とはいえ辻さんは、面会にやって来た家族に対して冷静な態度を取りホームシックにかからないなど、年頃の少女らしかぬ一面を見せることもあったようですね。 施設を訪れた両親との面会では、女児は冷静な態度を見せたという。 世間話などはするものの、両親が帰った後は何事もなかったかのように過ごし、ホームシックにすらならなかったという。 引用:.

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佐世保事件・徳勝もなみの現在!父と兄のその後・高1被害者と犯人の関係も総まとめ

辻 菜摘 現在

佐世保事件とは、2004年の6月1日に長崎県で起きた小学生による殺害事件です。 現場となったのは佐世保にある小学校で、当時11歳の女児が同級生の女児をカッターナイフで切りつけ殺害するという猟奇的な殺人事件でした。 加害者の年齢があまりにも幼く、刑事責任を問う年齢の範囲外でもあったこの事件は世界中に衝撃と波紋を広げました。 また事件の詳細から、背景にクラスの学級崩壊があった事や、人間関係がこじれていったネットトラブル、発達障害についてなど、当時の子供たちが直面していた要因も注目されました。 加害者女児はホラー小説や残虐性のある作品にも影響を受けており、佐世保事件の後にはテレビドラマの放送自粛や、R15指定作品の発売延期も起きる事態となりました。 佐世保事件とは2004年6月1日に長崎県佐世保市の佐世保市立大久保小学校で起きた殺人事件です。 殺害されたのは当時小学6年生の御手洗怜美で、同級生の辻菜摘から呼び出されカッターナイフで喉と左手を切られ死亡しました。 辻菜摘はまだ小学生でありながらも被害者女子の傷は深く、左手の甲は骨が見えていたそうです。 事件当時の大久保小学校校長は出崎睿子で、文部科学省はこの事件を長崎県佐世保市女子児童殺害事件という呼称で取り扱っています。 加害者の辻菜摘は11歳という年齢であった事から、法律上の刑事責任を問われない事にもなる為、事件全体の行方も大変注目されていました。 そして今現在もこの悲惨な事件を風化させないよう、大久保小学校の校長室には御手洗怜美の使用していた机といすが置かれています。 佐世保事件が発生したのは2004年の6月1日の給食の時間に差し掛かった時でした。 加害者の辻菜摘が被害者となった御手洗怜美を学習ルームに呼び出し、辻菜摘はカーテンを閉めて椅子に座らせ、後ろから手で目隠しをして座っている状態の御手洗怜美をカッターナイフで切りつけました。 御手洗怜美の首の傷口は深さ10cmで死因は出血多量でした。 また辻菜摘は殺害した後に担任を呼びに行き、御手洗怜美の為に助けを求めました。 しかしその後の供述によれば辻菜摘は御手洗怜美を殺害してから15分ほど様子を伺い続け、最終的に御手洗怜美が死亡したかを確認したようです。 傷の深さは、辻菜摘がためらう事も無く殺意を込め、力いっぱい切りつけた事を表しています。 辻菜摘の供述によると、動機となったのは佐世保事件の起きる前月に御手洗怜美が辻菜摘を背中におぶった際に「重い」と言った事で辻菜摘は怒りの感情を持ったようです。 実際に辻菜摘は太っていたわけでは無かったようで、真意は不明ですがそこから2人の仲はよくない方向へこじれていく事になったようです。 この動機についても色々な見方をしたものがあります。 客観的な推測から、辻菜摘の父親が障害を患い辻菜摘も家族に対しストレスがあった説に、御手洗怜美の父親へ嫉妬の感情を持っていたという説も存在するようです。 辻菜摘の殺意は最初、父親の御手洗恭二に向けられていたというネット記事などもちらほら出されました。 いづれも定かではありません。 辻菜摘の11歳という年齢は幼く、真実を引き出すことも現実問題難しいのかもしれません。 佐世保小6女児殺害事件は全世界に反響を及ぼしていました。 日本での小学生が起こした凶悪犯罪は、以前からもしばしばありました。 しかし学校内部で起きる暴力行為などは年々減少している傾向であったため、再び少年法の改正についてや、児童保護という観点で対策の見直しが重要視されることとなります。 またこの佐世保小6女児殺害事件では、小学生ですでにインターネットのウェブサイトを使用して、コミュニケーションをとる手段が浸透しているという事も世間に強く印象付けました。 また、加害者の辻菜摘が自身で手に入れたR15指定の映画作品を度々見ていたという事から、DVD「バトル・ロワイアルII・特別編~REVENGE」の発売も延期されました。 佐世保事件のきっかけは、事件の起こる前月の5月に御手洗怜美が辻菜摘を背中におぶった際に「重い」と言い、辻菜摘が腹を立てた事でした。 そしてその後、御手洗怜美はインターネットの自身のウェブサイトにて、辻菜摘の事を「言い方がぶりっ子だ」と書き込みました。 辻菜摘本人は元々仲の良かった御手洗怜美のパスワードを知っていた為に、御手洗怜美のウェブサイト管理画面より、不正にパスワードを使用して書き込みを削除します。 御手洗怜美は削除された内容を再び書き込み、この書き換えについて「荒らしにアッタンダ。 マァ大体ダレがやってるかワかるケド」と辻菜摘へあてた内容の書き込みをします。 辻菜摘はその後も御手洗怜美のアバターを削除しカボチャのアイコンに差し替えをおこなったりと、怒りは増幅しネットトラブルにも発展していきました。 小学6年生になると、成績が悪くなった事や、帰宅が遅くなる際に田舎道を1人で歩くのは危険だという理由で、親から部活を辞めされられました。 その際に辻菜摘と両親が争うという事は特に無かったようです。 辻菜摘は小説が好きで、中でも「ボイス」や「バトルロワイヤル」などのホラーや殺人など残虐性の強い作品を特に気に入っていたようです。 ちなみに当時の辻菜摘の将来の夢は小説家や漫画家と語っていました。 辻菜摘は事件を起こした前日に、テレビドラマの「ホステス探偵危機一髪6」を見ており、ストーリーにはカッターで殺害するというシーンも含まれています。 その後の供述で、このシーンから殺害方法のヒントを得た事を話したそうです。 娘が事件を起こす2、3日前、私は「チソン、愛してるよ」という本の広告を見つけました。 交通事故で顔と身体にひどい火傷(やけど)と障害を負った韓国の女子大生が、最初は絶望していたけれども、やがてありのままの自分を見つめ、全身の障害と戦いながら前向きに生きるようになるまでを書いた手記だということでした。 私が娘に内容を説明して「こんな本があるよ。 すごいね。 読んでみる?」と尋ねると、娘は興味を持った様子で、「読んでみたい」と言いましたので、私はすぐにこの本を注文しました。 事件の前夜、私が娘に「今日、本を発送したそうだよ。 2、3日で届くよ。 楽しみだね」と言いましたら、娘はにこにこして嬉(うれ)しそうに「うん」とうなずいていました。 しかし、その翌日に、娘は事件を起こしてしまいました。 引用元: 通常14歳以下は刑事責任を問われませんが、今回の佐世保事件では長崎地方裁判所佐世保市局が加害者の辻菜摘について、精神鑑定を行っています。 精神鑑定は84日に渡りました。 鑑定結果は人間関係を築く能力に遅れが見られる、ある種の発達障害の可能性を指摘しつつ、特定の精神疾患の確定診断には至っていないとなっています。 世間やネット上ではカッターナイフで斬殺するという強烈な犯行手口からも、加害者の辻菜摘はサイコパスではないかという声も多く見られていました。 また長崎佐世保家裁支部の最終審判が開かれた際に、家庭調査官のうちの1人の女性が涙ながらに「私はまだあなたの心が見えない」と反省や謝罪を促すような口調で詰め寄ったが、辻菜摘は困惑した表情を浮かべたまま一切謝罪に応じる事は無かったそうです。 アスペルガー症候群とは発達障害の1つで、生まれつきの脳機能と発達のアンバランスさと、環境や人との関わりなどにより生じたミスマッチで、社会生活の困難さが起きた時に表れる症状です。 厚生労働省はアスペルガー症候群を広汎性発達障害(広い意味での自閉症の1つのタイプ)と定義しています。 言葉の発達や知的発達の遅れは無いとされています。 アスペルガー症候群は記憶力が優れていて勉強もよくできるという場合もあります。 しかし自分の中の規律を乱されると混乱をする性質から、英文法の構造、数学の構造の原理が理解出来ない、イメージで物事を捉えられないという兆候もよく見られます。 そしてマイルールによる異常なこだわりも特徴的です。 またアスペルガー症候群は約4000人に1人の確率で発生すると言われています。 アスペルガー症候群の1つ目の症状は、人間関係において困難が生じるような社会性の障害がみられる症状です。 対人関係において相手の気持ちを汲み取る事や、その場の「空気を読む」といった事が苦手な所が特徴的です。 自分の発した言葉や取る行動で相手がどんなふうに感じるかを想像するのも苦手の為、ストレートで率直な発言もします。 その為、アスペルガー症候群の人は「無神経な人」や「常識が無い人」というふうに誤解されてしまう事もあるようです。 本人には悪意が無く、なぜ周囲の人たちから自分はそんな風に言われるのかも理解できずに孤独感や疎外感を抱く人も多いようです。 突拍子の無い一言で場の空気を凍らせてしまうのもよくある事のようです。 佐世保事件の起こった日、父親の御手洗恭二は慌ただしい中で娘の司法解剖とマスコミの前での会見時刻をほぼ同時にして、新聞社支局長として記者が必要であろう写真を用意しました。 1人で対応を引き受けて家族を守ろうとだけ考えていたそうです。 10年後の講演の中で兄は当時の父はうつろな様子で「この人自殺するかもしれない」と思ったと語っています。 また中学3年生だった兄は事件が起きた際に突然校長から相談室へと呼ばれて、ネットニュースのコピーを見せられ、妹の事を聞かされました。 ショックでありながらも涙が出ることはなく、2時間ほど教員たちと座っていたそうです。 その後、深夜になって司法解剖の済んだ妹の遺体と対面した時にはやっと涙があふれたそうです。 佐世保事件から10年が経ち、当時の御手洗恭二の部下である川名壮史が執筆した「謝るなら、いつでもおいで」を出版しました。 なお、この本のタイトルは当時中学3年生だった御手洗怜美の兄が、辻菜摘に言いたかったという言葉を使用しているそうです。 本の後半部分には、御手洗恭二と兄へのインタビューも掲載されています。 著者の川中壮史は長野県出身の新聞記者で、早稲田大学を卒業後に毎日新聞へ入社しました。 御手洗怜美が小さい時から家族ぐるみの付き合いをしていた1人で、10年に渡って佐世保事件の取材を続けてきました。 そしてこの本の中では佐世保事件当時の当事者への社会の反応について振り返ってまとめ、少年法の在り方についてなども綴られています。 また辻菜摘のネバダたんは確かに可愛いので困るという川名壮史の心境も語られました。 その後の辻菜摘は法務省関係者と養子縁組を行っていて、結婚もしているようです。 また完治の難しい病気にかかり闘病生活を送っているなども囁かれています。 実際はどうしているのかはっきりとは公開されていませんが、年齢的に結婚して子供がいるというのも十分あり得る事です。 どのような結婚相手なのか、結婚相手に事件のことを明かしたのかも不明です。 辻菜摘は現在、更生して社会に復帰を果たし、結婚して幸せになっているかもしれません。 しかし一方の被害者遺族は複雑な心境のままです。 活動を通しながら辻菜摘に生きていてほしいと前提したうえで、辻菜摘の現在の心境を知りたい、当時の自身の行動を反省した上で今でも謝罪をして欲しいと遺族たちは希望しています。

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