ア ホール ニュー ワールド 日本 語。 中村倫也と木下晴香が歌うホール・ニュー・ワールド!実写『アラジン』より

アラジンの歌、アホールニューワールドを歌っている日本の声...

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アラジンのa whole new world 日本語版 カラオケでありますか?

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人物 [ ] 著名なソウルシンガーを親戚に持つ。 11歳の時にジュニア・ゴスペル・クワイアに入り、ニュージャージー教会で歌い始めた。 ニューヨーク市地域のナイトクラブで、母親とパフォーマンスをしていたところをアリスタ・レコードの社長にスカウトされた。 1985年、デビュー・アルバム『』は大ヒットとなった。 1987年に発表した2枚目のスタジオ・アルバム『ホイットニーII〜すてきなSomebody』は、ビルボード200チャートに初登場1位を記録する(女性歌手では初)。 1992年には、初主演映画『』が公開される。 映画のサウンドトラックは、1994年のグラミー賞最優秀アルバム賞を受賞するなど、高い評価を受け、アルバムからのリカット・シングル「」は自身最大のヒットとなった。 ホイットニーは世界で最も売れている歌手の1人である。 累計セールスはアルバムが1億4,000万枚以上、シングルは5,000万枚以上で 、アメリカ合衆国のより「アメリカ合衆国で(女性アーティスト史上)4番目に売れている歌手」と評価されている。 また、音楽雑誌「」によりその声を「強力で鋭いポップ・ゴスペル」といわれ、オール・タイムの素晴らしい歌手100人の内の1人であると評価された。 『』において第34位。 『』誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガーにおいて第98位。 来歴 [ ] 出生・幼少期 [ ] 8月9日、ニュージャージー州ニューアークで、父ジョン・ヒューストン 1920〜2003 と歌手の母 1933〜 の3番目の子供として生まれた。 母シシーは、60年代に活躍したのリード・ボーカルで、後にはやのツアーにバック・コーラスとしても参加している。 シシーがツアーに出ている間、父親ジョン・ヒューストンが育児を担当した。 が、ホイットニーの名付け親でありであり、は名誉伯母(honorary aunt) である。 にが起こるとイースト・オレンジに引っ越した。 幼い頃にニュージャージーのニュー・ホープ・バプティスト教会の聖歌隊に加わり、ゴスペルを学ぶ。 11歳の時には聖歌隊のソリストとして活躍。 教会での最初の単独パフォーマンスは「ガイド・ミー、オー・ゾウ・グレイト・ジェホヴァ」 という曲であった。 これより少し前にピアノも習い始めた。 ホイットニーが10代の時に両親が離婚、母シシーが養育権を得た。 ホイットニーはカトリック系の女子校に通った。 そこで、親友となると出会う。 高校に通う間も母シシーがホイットニーに歌を教えた。 デビュー・絶頂期 [ ] 10代の頃にとして活動したり、らのバックボーカルを務めるなどして頭角を現した。 1983年に敏腕プロデューサーのの目にとまり、と契約した。 翌年にはとのデュエット曲がヒットした。 にデビューアルバム『』 をリリースし、いきなり爆発的人気を獲得した。 2作目のシングル「」 から7曲連続で全米シングルチャート1位の記録を打ち立てた。 この記録はビートルズの6曲連続を超える新記録であり、2012年現在いまだに破られていない。 の2枚目のアルバム『ホイットニーII〜すてきなSomebody』 は、日本の洋楽アルバムチャートでも1987年6月15日付から通算11週1位を獲得した。 翌年には一人娘 () 1993年3月4日 — 2015年7月26日 を出産した。 その後も主演映画『』(1995年)、『』(1996年)が公開される。 『ボディガード』には遠く及ばないものの成功を収め、サウンドトラックもヒットした。 、オリジナルアルバムとしては実に7年ぶりとなる『』 をリリース。 翌年にはヴィーエイチワン・ディバス・ライブ 99 に出演して高評価を得るなど、再び歌手活動を本格化させた。 低迷・復活〜晩年 [ ] にを発売したが、時期を同じくしての空港で所持で拘束された。 激しく体重の落ちた姿が度々見られるなど健康を害し、その後テレビ番組で大麻や等の常用を告白している。 夫が暴行などで度々逮捕され、離婚説が幾度も報じられるなどのトラブルもあり、週刊誌やテレビ等で私生活を取上げられる事が多かった。 映画『』の音楽製作に携わる。 から翌年にかけてリハビリ生活を続けた。 2006年9月13日、ボビー・ブラウンとの結婚生活に終止符を打つべく離婚申請書を裁判所に提出し、同年10月に離婚が成立した。 6月には年末にクライヴ・デイヴィスのプロデュースの元、ニュー・アルバムをリリースすると発表した。 しかし、この発売は延期され、翌2009年6月になって同年9月1日にリリースすることが報じられた。 実際には8月31日(米国)にアルバム『アイ・ルック・トゥ・ユー』 が発売され、1週目で30万枚以上を売り上げの初登場1位を獲得、復活を果たした。 2月の東京公演を皮切りに11年ぶりのワールドツアーも実施した。 しかし英国でのコンサートで息が切れたり、パリ公演では呼吸器の感染症で入院するなど、トラブルが相次ぎ、2011年7月にアルコール・薬物依存からの復帰プログラムを再開 し、2012年1月には破産寸前であると報じられる など、さまざまな問題が続いていた。 、の人生を振り返った「」に出演。 突然の死 [ ] 2月11日に、にある ()4階客室の浴槽の中に倒れていたところを発見され、救急隊が20分間にわたって蘇生処置を施したが、同日午後3時55分(現地時間)に死亡が確認された。 48歳没。 ホイットニーは、の授賞式を翌日に控え、クライヴ・デイヴィスが主催する恒例の前夜パーティに参加するために、同ホテルに滞在していた。 2012年3月22日、ロサンゼルス郡検視局は会見を開き、死因は不慮の溺死であり、遺体からが検出されていることから、入浴中にコカインの影響で心臓発作が起こったため、浴槽に沈んだ可能性が高いという検視結果を発表した。 2012年8月に公開された映画『』 が演劇作品としての遺作となった。 アルバム [ ] アルバムの下に代表的なヒットシングルを記述。 Whitney Houston(ホイットニー・ヒューストン、日本語題:)(1985年) You Give Good Love(ユー・ギヴ・グッド・ラヴ、日本語題:そよ風の贈りもの) Saving All My Love For You(セイヴィング・オール・マイ・ラヴ・フォー・ユー、日本語題:) How Will I Know(ハウ・ウィル・アイ・ノウ、日本語題:恋は手さぐり) All At Once(オール・アット・ワンス) Greatest Love Of All(グレイテスト・ラヴ・オブ・オール) Whitney(ホイットニー、日本語題:ホイットニーII〜すてきなSomebody)(1987年) I Wanna Dance With Somebody(アイ・ワナ・ダンス・ウィズ・サムバディ、日本語題:すてきなSomebody) So Emotional(ソー・エモーショナル、日本語題:やさしくエモーション) Didn't We Almost Have It All(ディディント・ウィ・オールモースト・ハヴ・イット・オール、日本語題:恋のアドバイス) Where Do Broken Hearts Go(ホエア・ドゥ・ブロークン・ハーツ・ゴー、日本語題:ブロークン・ハート) I'm Your Baby Tonight(アイム・ユア・ベイビー・トゥナイト)(1990年) I'm Your Baby Tonight(アイム・ユア・ベイビー・トゥナイト) All The Man I Need(オール・ザ・マン・アイ・ニード) The Bodyguard:Original Soundtrack Album(ザ・ボディガード:オリジナル・サウンドトラック・アルバム、日本語題:ボディガード:オリジナル・サウンドトラック・アルバム)(1992年) I Will Always Love You() I'm Every Woman(アイム・エヴリ・ウーマン) I Have Nothing(アイ・ハヴ・ナッシング) Waiting To Exhale(ウェイティング・トゥ・エクスヘイル)(1995年) Exhale( Shoop Shoop)(エクスヘイル) The Preacher's Wife(ザ・プリーチャーズ・ワイフ)(1996年) I Believe In You And Me(アイ・ビリーヴ・イン・ユー・アンド・ミー) Step By Step(ステップ・バイ・ステップ) My Love Is Your Love()(1998年) When You Believe(ホエン・ユー・ビリーヴ) Heartbreak Hotel(ハートブレイク・ホテル) It's Not Right, But It's Okay(イッツ・ノット・ライト、バット・イッツ・オーケイ) My Love Is Your Love(マイ・ラヴ・イズ・ユア・ラヴ) I Learned From The Best(アイ・ラーンド・フロム・ザ・ベスト) The Greatest Hits(ザ・グレイテスト・ヒッツ)(2000年) Could I Have This Kiss Forever(クッド・アイ・ハヴ・ディス・キス・フォーエヴァー) Love, Whitney(ラブ・ホイットニー)(2001年) Just Whitney(ジャスト・ホイットニー)(2002年) Whatchulookinat(ワッチュルキナット) One Wish:The Holiday Album(ワン・ウィッシュ:ジ・ホリデイ・アルバム)(2003年) I Look To You(アイ・ルック・トゥ・ユー)(2009年) Million Dollar Bill(ミリオン・ダラー・ビル、日本語題:100万ドルの恋) I Didn't Know My Own Strength(アイ・ディディント・ノウ・マイ・オウン・ストレンス、日本語題:夢をとりもどすまで) ビデオ [ ]• VHM28012 Whitney Houston The 1 Video Hits 出演映画 [ ]• (1992年)• (1995年)• (1995年)• シンデレラ(1997年、TV)• (2012年) プロデュース [ ]• シンデレラ(1997年、TV)• プリティ・プリンセス(2001年)• チーター・ガールズ(2003年、TV)• (2004年) 公演 [ ] 日本 [ ] The Greatest Love Tour 1986年 11月4日 11月5日 11月6日 11月8日 11月10日、11日、12日 The Moment Of Truth Tour 1988年 9月21日 グリーンアリーナ 9月22日 9月26日、27日、28日 日本武道館 10月1日、2日 10月5日、6日 レインボーホール 10月7日 10月11日 10月13日 10月15日 10月16日、17日 日本武道館 Feel So Right Tour 1990年 1月1日、2日 1月5日 1月7日、8日 横浜アリーナ 1月12日、13日、14日 大阪城ホール 1月17日、18日 名古屋市総合体育館 レインボーホール 1月20日 福岡国際センター 1月21日 1月23日 1月24日 横浜アリーナ AMA in Yokohama Arena 1991年 3月14日、15日 横浜アリーナ Whitney Live In Japan 1993年 9月1日、2日 大阪城ホール 9月6日、7日、9日、10日、13日、14日 日本武道館 9月16日、17日 名古屋市総合体育館 レインボーホール 9月19日、20日 横浜アリーナ 9月22日 WHITNEY HOUSTON Japan Tour この公演は当初1月に予定されていたが、本人の体調不良により延期・振替となった。 振替前の公演日は、東京…1月7日・8日、大阪…不明 1997年 5月5日、7日、8日 大阪城ホール 5月13日、14日 Nothing But Love Japan Tour 2010年 2月11日、13日、14日 2月17日、18日 大阪城ホール 日本以外 [ ]• , Gil Kaufman, 2007 , 2009年4月28日閲覧。 RIAA. 2008年6月9日閲覧。 , , 2009年4月14日閲覧。 AOL Black Voices 2007年. 2008年1月15日閲覧。 Billboard Magazine 2007年6月19日. 2008年1月15日閲覧。 Holden, Stephen 1985年2月16日. The New York Times. 2009年1月13日閲覧。 Rolling Stone. 2013年5月26日閲覧。 Q - 100 Greatest Singers 2007年4月. 2013年5月21日閲覧。 : Cissy Houston• Driven. 2002年11月13日放送. 血縁関係はないが、本当ののように親しい間柄にあること。 2015年2月18日閲覧。 : Guide Me, O Thou Great Jehovah(お導き下さい、ああ、汝、大いなるエホバよ。 Vibe Magazine. 2005年9月. 2007年3月17日閲覧。 : Whitney Houston• : Saving All My Love For You• : Whitney• 、ソニーミュージック、2017年8月8日。 The Washington Times. 2009年2月2日. 2011年3月27日閲覧。 2011年3月27日閲覧。 プレスリリース , VH1, 2003年1月9日 , 2011年3月19日閲覧。 、ZAKZAK、1998年12月17日。 (のキャッシュ)• : My Love Is Your Love• : VH1 Divas Live 99• singersroom. com 2008年6月16日. 2008年6月18日閲覧。 BARKS. 2009年6月9日. 2011年2月15日閲覧。 : I Look To You• ロイター 2011年5月10日• AOL Music 2012年1月30日• 2014年7月10日閲覧。 Associated Press 2012年2月12日閲覧• 毎日新聞 2012年2月12日. 2012年2月12日閲覧。 NYtimes 2012年2月12日閲覧• Associated Press 2012年3月23日閲覧• BBC 2012年3月23日閲覧• : Sparkle• 映画『』。 オリコンでは1位~20位のうちで6位以外のすべてにランクされるという珍記録を達成。 全世界4,200万枚を売り上げた。 ビルボード20週1位。 のカバー。 のカバー。 映画『ため息つかせて』サウンドトラック。 映画『天使の贈り物』サウンドトラック。 映画『』主題歌。 ベスト・アルバム。 とのデュエット。 ベスト・アルバム。 What are you looking at? 日本映画『』主題歌。 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 (英語)• - (英語)• - (英語)• (英語)• (英語)• (英語)• - 内の (英語)• - (英語)• (日本語).

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A Whole New World [フランス語版] 音楽 ニコニコ動画のニコッター

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俳優でミュージカルでも活躍する城田優が、アルバム「a singer」をリリース。 このアルバムや曲への思い入れ、現在のミュージカルシーンについて、城田が語った。 ーー今回、CDを出そうと思った理由は? これまでも何度かお話を頂いてきたのですが、十数年ミュージカルに出演させていただいてきて、自分の軌跡として形に残せればと思いました。 今回は、「a singer」というタイトルのように、それぞれのミュージカル作品の役として演じながら歌いました。 『ピピン』より、「コーナー・オブ・ザ・スカイ」。 来年、ダイアン・パウラス演出でのご出演が決まっていますね。 サーカスをイメージした、とても素敵なプロダクションです。 『ピピン』はブロードウェイで観ましたが、とても素敵なミュージカルです。 「コーナー・オブ・ザ・スカイ」はジャクソン5もカヴァーした有名な曲で、メロディも素晴らしい。 僕自身大好きな曲です。 すみれさんと、英語でのデュエットですね。 これまでイベントなどでも何度も歌ってきた曲です。 今回のアルバムは、ミュージカルファンだけでなく、一人でも多くの方にミュージカルの魅力を知っていただくことが最大のテーマ。 この曲は誰もが知っているミュージカルソングとして入れました。 誰を相手役のジャスミンにしようか? となった時に、英語が喋れて歌が上手い人となると、友達のすみれさんしか浮かばなくて。 すみれさんは女優さんとしてのイメージが強いので、一般の方々に歌が上手いイメージはあまり広まっていないんかと思うのです。 でも歌を聴き終わった後に、わぁ! ときっと皆さん、驚くはずです。 レコーディングはとてもいい雰囲気でしたよ。 親友同士、夢のデュエットですね。 舞台『4 Stars 2017』 で、ラミンさんが日本語で歌った時よりもさらに磨きがかかっています。 一緒にレコーディングし、僕が発音や日本語の意味を伝えながらレコーディングしました。 言語が変わっても、彼の歌のパワーは変わらず、素晴らしいです。 ラミンさんもこの曲が大好きで、とても喜んでくれました。 懐かしい作品ですね。 はい、12年前、僕はアンソニー役を演じ、今でも時折稽古場の様子を懐かしく思い出します。 自分が演じた役の歌ではありませんがこの歌が一番好きなので。 メロディがシンプルで綺麗、作品中ほっこりする曲かと。 もはや、スタンダード曲。 ジャズアレンジが素敵です。 これは周りからのアイディアです。 ドラマ『トットちゃん!』や舞台『4Stars 2017』で歌いましたが、英語が早口で発音も難しい。 ぜひ皆さんに実際に歌って、体験してほしい(笑)。 大人っぽいアレンジで、ウィスキーと葉巻が似合うイメージに仕上げました。 『ロミオ&ジュリエット』は、城田さんがロミオとティボルトを交互に演じるなど、チャレンジなさった作品でした。 『ロミオ&ジュリエット』には僕が好きなミュージカルの音楽とポップミュージックが凝縮されています。 中でも「エメ」は特別で、絶対に入れたいと思いました。 僕にとってロミジュリ自体が特別な作品。 もともとロミオがやりたくて、自分から小池(修一郎)先生にやりたい! と申し出たのです。 フランス版のCDを初めて聞いた時、泣いちゃったんですよ。 特に「エメ」は後半、転調の繰り返しで、最後コーラスが重なる様子が、あまりにも素晴らしくて。 胸が痛くなる、今思い出しても鳥肌が立つほどです。 それまでの出演作『テイクフライト』『エリザベート』『スウィーニー・トッド』などは先輩の役者さんが多く、まだ20歳前後だった僕は「優くん、おいで〜」みたいな存在(笑)。 それが26歳でロミジュリに出演し、主役としての責任、自分たち主体で作品を作り上げることを初体験したんです。 先日、育三郎と対談したら、二人ともすごく楽しかったという話になりました。 ジュリエットは当時全くの新人だった昆夏美さんと莉奈さん。 彼女たちにちゃんと伝えなければという思いもありました。 それがきっかけで、演出にも興味を持つようになったのですか。 はい、2013年の再演はジュリエット役の俳優の演出助手のようなサポートもやらせていただきました。 演出したいと思ったきっかけは、まさにこのロミジュリです。 ジュリエット役だけでなく、他にも初ミュージカルの人がいて。 「こうしたら、こうなるんだよ」と伝えると、本人たちが実践してどんどん良くなっていく。 そんな姿を見ると、喜びが湧くのですね。 まさに演出家ってこういうことなのかなと思いました。 小池先生が衣裳合わせをしている時には「ちょっと見てていいですか?」とその過程を見学したり。 セットや絵コンテも見て、そこで演出家の仕事に興味が芽生えました。 再演の時は演出助手的な視点で意見を言わせていただく事もありました。 僕の中でいい作品を作りたいという欲が強くなったのです。 今思うと、結構な熱量で取り組んでいましたね。 その意味でも、ロミジュリは大事な作品ですし、ミュージカルの深さ、ロックでポップな音楽の方向性も好き。 素敵な出会いでした。 生田絵梨花さんと僕は舞台では共演していないので彼女と「エメ」を歌えるのはここだけ。 今、ジュリエットを演じていて、ポテンシャルが高く、将来が楽しみな生田さんとご一緒できてよかったです。 これも懐かしい。 城田さんの単独初主演作品ですね。 ロミオをやり終わった後、この役ほど大変な役はない、こんなにエネルギーを使う作品はないと思っていたのに、翌年ファントムを演じたら、いきなりそれを塗り替えられた。 ロミオとは比べ物にならないくらいに、思い出に残る作品です。 曲は「母は僕を選んだ」が一番好き。 涙なしでは歌えないナンバーです。 稽古場では最初のうち、泣いちゃって、演出家から堪えて歌ってくれと言われたほど。 そのくらい、感情がブワッと上がる曲です。 後半のクライマックスで、エリックという一人の人間が愛と憎しみを歌う。 作品中、お客様からの拍手が一番多かった気がします。 CDでこの曲を聴いていただき、どんな物語だろう? どんなシーンだろう? と想像していただけると嬉しいです。 作品を観て歌を知るのと同時に、歌を聴いて情景を想像して作品を知る。 特にこの曲は物語性が強いので、想像するのも楽しいんじゃないかなぁ。 僕は出演したことがない作品の曲ですが、好きな曲です。 舞台『4Stars 2017』で歌ったら、すごく心地よくて自分と重なる曲だと気づきました。 フジテレビの「うたの夏まつり」でも「ザ・グレイテスト・ショー」と「リライトザスターズ」を歌われましたね。 映画は映画館で2回見ました。 1回目から「ア・ミリオン・ドリームズ」が好きで、まず歌い出しから気に入り、サビに入ってすごいなぁ! と。 2回目見た時もやはり一番好きでした。 今回、プロデューサーである事務所の社長に「ザ・グレイテスト・ショー」も入れたら? と提案してもらい、チャレンジとして歌いました。 将来的にもし舞台化されたら、ぜひやりたい作品ですね。 スペイン語で歌われています。 イル・ディーヴォがクラシックの楽曲をカヴァーして歌詞をつけた曲です。 5年前に舞台『4 Stars 2017』で歌いました。 リハーサルで初めて歌った時、レア・サロンガ、ラミン・カリムルー、シエラ・ボーゲスが立ち上がって、最高! と拍手してくれ、「絶対レコーディングしたほうがいいよ!」と言われた曲です。 自分のアイデンティティとしてスペイン語の曲を入れたいと思い選びました。 イル・ディーヴォはすごくクラシカルに歌われているんですけど、僕のリクエストにより、南米的なラテンのサウンドに仕上げていただきました。 ーー全11曲、出来上がってのご感想は? 豪華な方達に参加していただいて、シンガーとして今の自分の最大限の歌唱ができたと思います。 城田優 ーー 舞台『4 Stars 2017』で、海外のミュージカルスターとの共演から、刺激を受けることは多いですか。 皆さんのメンタルや取り組み方は、すごいなと感心させられることが多いです。 彼らが世界のスターだからではなく、外国のエンターテイナーは根っこから違うと思うことがあり、こういう風にいられたら理想だということを身をもって見せてくれました。 今はグローバル化して、エンターテインメントも国境がなくなっています。 その意味ではチャンスです。 でも、まずは日本のエンターテインメントシーンを更に良くしていくためにもっと頑張らなきゃとおもいます。 本物志向で、良い作品が残り、良くない作品は消えていく世の中にしたいです。 そのために、何が必要でしょうか。 三つあります。 一つは観客の目線。 海外ではブーイングと喝采がちゃんとあり、面白いものは面白い、面白くなければ面白くないとはっきりしています。 僕自身もそうありたいと思っています。 もっと観客をびっくりさせなければいけないと思います。 僕が次に演出を手掛ける作品では、必ず新しい! 面白い! と思っていただけるものを提示したいと考えています。 三つ目は僕を含めた役者たち。 もっと向上心を持って成長しなければいけません。 ただ歌が上手いだけではなく、嬉しい時に嬉しい歌い方、悲しい時に悲しい歌い方ができる人がもっと育たなければいけないと思う。 僕自身も、もっと上手くなりたいと常に危機感を持っています。 プロとして、真摯に取り組みたい。 新人でも、歌と芝居心があればいいんです。 オーディションでどんどん新しい発掘できれば。 僕らの世代が、企画、演出、出演を担える時代です。 闇が広がる(エリザベート)duet with ラミン・カリムルー 4. 僕がついてる(スウィーニー・トッド) 5. エメ(ロミオとジュリエット)duet with 生田絵梨花 7. 母は僕を産んだ(ファントム) 8. 僕こそ音楽(モーツァルト!) 9. 【応募条件】 ・日本に居住されている方(賞品配送先が日本国内の方)。 ・応募に関する注意事項に同意いただける方。 あらかじめご了承ください。 ・応募時の内容に記載不備がある場合。 ・お客さまのご住所が不明、または連絡不能などの場合。 SPICER.

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